種蒔く時に学び、収穫の時に教え、冬に楽しめ
一粒の砂に世界を見出し、一輪の花に天を見出したのは、イギリスの詩人、ウィリアム・ブレイク。靴下商の三男として生まれた彼は、幼い頃から予兆的なヴィジョンを見ることが度々あったという。彫版師として生計を立てるかたわらに書いた詩の多くは、そのことを感じさせる。これもそのひとつ。詩というより格言。『天国と地獄の結婚』のなかの『地獄の格言』の冒頭である。
蒔いた種は刈り取らねばならない。
種は原因であり、収穫される作物は結果である。
知って蒔く種もあれば、知らず蒔かれる種もある。
芽を出し、実ってようやくそのことを知る。
たいていの場合、日々のあれこれは雑草のような草花になるのだろう。
しかし目標を定めれば風景は変わる。
種の種類はいろいろあるが、どんな花を咲かせ、何を収穫するかは、おそらく種にしかわからない。
ミレーの『種まく人』を模写し、数多くの作品を残したフィンセント・ファン・ゴッホは、模写し続けながら腕を磨いていった。
まるで種まく人そのものが彼自身であるかのように、筆をふるい種を蒔いたのだ。
残念ながら収穫を待つことなくゴッホはこの世を去ったが、彼の蒔いた種は想像を絶する果実を稔らせた。
はてしなく長い冬の終焉。
ゴッホには決して楽しめなかったであろう寒く冷たい冬も、その厳しさと長さに比例するだけのみごとな果実をもたらしたのである。
それもこれも、種まく人であったゴッホだからこそだろう。
彼が蒔いた種の恩恵にあずかる後世の人々は、その収穫物によってさまざまなことを教えられる。
ブレイクの言うように、ゴッホは学び教える人であり、いつかは開ける冬の過ごし方をも示唆してくれる人でもあるようだ。
そういえば、岩波書店のシンボルマークもミレーの『種まく人』であった。
創業者の岩波茂雄が、「文化の種をまく」という意味を込めて採用したという。
なるほど、春を待ちながら読書にふけるというのもいいかもしれない。
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(210203 第699回)