怠慢は魅力的に見えるけど、満足感を与えてくれるのは働くことよ。
『アンネの日記』で知られるアンネ・フランクの言葉だ。第二次世界大戦のナチ占領下で、隠れ家に暮らしながら日記を綴りつづけた少女アンネ・フランク。彼女の夢は作家になることだった。奇しくもその夢は、死後叶えられたことになる。
現代人はモノの豊かさと引き換えに、心が貧しくなってしまった、とたびたび言われる。
ここ最近の世界的厄災が、さらに輪をかけているのかもしれない。
さまざまなところで分断が起きているようだ。
人と人、人とモノ、人と自然など、本来は切り離せないものが切り離されてしまったからか、生き迷う人が増えている。
人は命ある生き物で、自然の一部だということは今さらいうまでもないが、それを忘れさせるものが、あまりにも多すぎはしないか。
陶芸家のバーナード・リーチは、「仕事の根幹は『生命』である」と言い残しているが、現代は「生命」を忘れた仕事が生み出した社会とも言える。
生活の多くが機械化され、便利なもの、簡単なもの、快適なものが、この先も人間の生命機能に代わって社会を支配していくとしたら、おそらく分断どころではないだろう。
世間に蔓延する不満や不服は、「生命」という仕事の根幹を忘れている証かもしれない。
アンネは過酷な収容所生活で骨と皮だけの状態になってなお、「私にはまだ学ばなければいけないことがたくさんある」と言って、自身も周りも鼓舞しつづけたそうだ。
「満足感を与えてくれるのは働くことよ」と、アンネは言う。
「写実の出来、不出来により生きているというのではなく、深い生命の根源につながっているかどうかというこいうとである」と、バーナード・リーチ。
生きることを願ったアンネの日記は、深い生命の根源につながっていたということだ。
バーナードは、こうも言う。
「反復作業によってものを作る行為から、ものが自然に生まれてくる世界に知らず知らず移行してゆく」と。
満足感を得る秘訣は、身体に自然に具わった機能を使って繰り返し仕事をすること。
それはやがて、自我、我執、驕慢、作為をそぎ落とし、生命の根源につながってゆく。
今回は「銀舎利」を紹介。銀舎利とは、ご飯、白米のことです。寿司屋でなじみの「シャリ」は酢飯ですが、そもそも「舎利(シャリ)」は仏舎利といって、お釈迦様の遺骨をあらわす仏教用語です。続きは……。
(210615 第726回)