逆境を生き抜く雑草の知恵
すぐれた人物の伝記は、面白いだけではなく、人生の示唆に富んでいる。いつの時代にも通用する普遍性を備えているから伝記たりえる。
同じように、稲垣栄洋氏が記した本書も人生のヒント満載だ。ひとくくりに雑草と呼ばれるが、おおまかに600種あるといわれる。そのなかでもわれわれの生活に身近な50種類をとりあげ、いかにたくましく、したたかに生き抜いているか、生き生きと描いている。
稲垣氏は、よほど豊かな感性と高性能の観察力を備えているのだろう。雑草たちに注ぐ視線は愛情たっぷり。全編に散りばめられたユーモアも心地良い。
それにしても、ここに紹介されている雑草たちは、したたかと言う以外ない。踏まれても抜かれても生えてくる姿は、不死身とも思えてくる。しかし、じつは雑草の多くがか弱き存在であることも事実だ。自らが弱点だらけだと知っているからこそ、さまざまな工夫を思いついたのだろう。〝思いついた〟と擬人的に書いてしまったが、そう思わざるを得ないほど、彼らの生き方は人間臭い。雑草を観察すればするほど、雑草のことを知れば知るほど、彼らの生活ぶりが人間臭く感じられると著者も書いている。
植物は、動けないという制約条件の中で、生きのびるため、子孫を残すためにあらゆる戦略をとっている。太った作物に寄生して養分を吸い取るネナシカズラ、強風にも折れないよう茎のなかを空にしてたわむ葦、アスファルトを突き破るハマスゲ、根っこの長さが総計550キロになるカラスムギ、ハコベに隠された7つの「はびこる」仕組み、カタバミが有しているエネルギーや資源を節約する仕組みなど、どれも感心するばかりだ。自分の力だけではどうにもならない場合は、鳥や虫と〝同盟〟を組み、生き残りを図る。生き残り合戦は、戦国の世を見る思いだ。
かなり前、自宅の庭の除去作業をした。そこに驚異的な繁殖を見せている雑草があった。どんな植物が生えていようと、日当たりが良かろうが日陰だろうが、意に介せず茎を伸ばしている。
スズメノカタビラだ。本書をひもとくと、代表的なコスモポリタンの一種で、熱帯から極寒の地まで、気候条件を選ばずに繁殖すると書いてある。
面白いことが書いてあった。ゴルフ場にはグリーン、ティー、フェアウェイ、ラフなど、高さの異なる芝がある。それぞれの場所からスズメノカタビラを採取して同じ条件のもとに育てると、穂をつける高さが異なるというのだ。
グリーンから採ってきたものが最も低い位置に穂をつける。グリーンは芝刈り機で頻繁に刈られる場所だ。次いで高い位置に穂をつけるのはティーから採ってきたもの。そして、フェアウェイ、ラフと続く。つまり、その場所で生き残れるよう、穂をつける位置を微妙に変えているのだ。環境に応じて臨機応変に変えられる柔軟な対応力、これこそがコスモポリタンとして世界中で繁殖する最大の武器だったのだ。
各章のタイトルもユニークだ。一例をあげよう。
「異能集団は逆境に強い」(スズメノテッポウ)、「ビジネスライクが引き起こしたしっぺ返し」(カラスノエンドウ)、「だらだらと生き残れ」(ナズナ)、「芸を盗んだ踊り子の誤算」(オドリコソウ)、「この道一筋、踏まれて生きる」(オオバコ)、「浮き沈みのある浮き草稼業」(ウキクサ)、「乾いた街をドライに生き抜く」(ヨモギ)、「止むに止まれぬ乙女の選択」(ヘクソカズラ)、「ああ、あこがれのパラサイト生活」(ネナシカズラ)、「決して悪くは考えない」(ヨシ)……。そして、各章の最後の〝〆〟もユーモアがあって秀逸。全50種の雑草に付けられた三上修氏の繊細なペン画も魅力的だ。
稲垣氏は『大事なことは植物が教えてくれる』『雑草はなぜそこに生えているのか』『身近な虫たちの華麗な生きかた』『身近な野の草 日本のこころ』もオススメ。本書のエピローグで書いているように、彼は「向上心のない生命はない」という考え方にのっとって植物を観察している。おもしろくないはずがない。
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