欠損と才能は同義語である
本書を読み、かつて村上龍氏が語った次の言葉が脳裏によみがえった。
――才能とは欠損である。
村上氏はダニエル・タメットのような人を想定してそう語ったわけではないだろうが、まさに障害は才能であるということをまざまざと思い知らされた。
この本の著者の特異な才能には驚くばかりである。円周率22,500桁を暗記したり(のちに1桁だけ間違えたことが判明)、わずか1週間で難解なアイスランド語を習得するなど、常人では考えられないようなことを次々とやってのける。
一方で、歯磨きなどの日常的な行為もままならなかったり、教師から「7×9は?」と訊かれても答えられない。なぜかといえば、「7×9はいくつになるか答えてください」とまで言われないと、どう反応すればいいかわからないのだ。不機嫌な人が「きょうは虫の居所が悪い」と言っても、その意味するところがわからない。言葉を表面的に受け取り、「それなら虫をどこかへ移せばいいのに」と考えてしまう。
現代の医学では、ダニエル・タメットはサヴァン症候群でありアスペルガー症候群と診断される。サヴァン症候群とは、精神障害や知能障害を持ちながら、ごく特定の分野に突出した能力を発揮する人や症状を言い、記憶力、芸術など、特定の分野の能力で超常的な能力を発揮する一方で、社会的な一般スキルが著しく欠けている傾向がある。ダスティン・ホフマン主演で、1988年度のアカデミー賞を受賞した『レインマン』の主人公がそうである。
アスペルガー症候群は発達障害の一つで、社会性・コミュニケーション・想像力などの障害のほか、こだわりの強さや過敏な感覚などを特徴とする。
なぜ彼が超人的な能力を持っているかといえば、共感覚によって瞬時に物事を理解することができるからだ。共感覚とは,ある感覚刺激によってほかの感覚を得る現象をいう。例えば,音を聞いたり文字を見たりすると,映像や色や温度などを感じる現象である。
ダニエルにとって、数字はただの数字ではない。彼自身、「数字は僕の友だちで、いつでもそばにある」と言っている。ひとつひとつの数字に独自の個性があるというのだ。例えば、11は人なつこく、5は騒々しい。4は内気で物静か。堂々とした数字、こじんまりとした数字、きれいな数字、あまり見栄えの良くない数字もある。
数字だけではない。水曜日は青い色をしていて、素数(1とその数字でしか割ることができない数字)は丸い小石のような感覚があるという。
右の図を見てほしい。なんとこれは「53×131=6943」の計算をしているときのイメージだそうだ。この問題を見た瞬間、このような図形が瞬時にひらめき、答えがわかるという。
本書は、ダニエル・タメットによる自身の半生記である。簡素でわかりやすい記述に好感が持てる。自身の天才性より、〝他人とちがう〟ことによるさまざまな弊害をあげ、それをどう克服したかも綴られている。
当初は他人とちがうことに不安を抱いていたが、やがて自分を認められるようになる。ふつうの人が簡単にできることを、コツコツと長い時間をかけて克服した。
彼がそうできたいちばんの要因は、家族の愛情に包まれていたことだろう。両親はありのままに息子を愛し、きょうだいも彼に愛情をもって接した(ダニエルは9人きょうだいの長子)。生涯のパートナー(男性)にも恵まれた。
国全体が農村社会のような日本ほど〝変わり者〟が生きづらい国はない。しかし、いろいろな個性が調和する社会の方が断然面白いはず。本書を読むと、そう思わずにはいられない。
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