好きなことだけをつづける男
かねがね「本は師匠であり恩人でもある」と言っている。本のない空間で生活するなど、私にとって独房にも等しいものであり、居住空間の特等席を本のために設けている。生活用品をストックしておくためにつくられた収納庫はどこもかしこも本だらけ。読みたいと思った本は、すぐに取り出せるようにインデックス化している。
……ということを鑑みれば、じゅうぶん本好きの資格はあるだろう。
ところが本書の著者鹿島茂氏は、どこにでもいそうな〝本好き〟のレベルをはるかに超えている。特にフランスの稀覯本に対する執着は、異様なまでに凄まじい。それをネタにしてエッセイを書き、それが多くの読者を獲得しているのだから、もはや本への異様な執着は経営資源ともなっている。
鹿島氏の著書を多く読んでしまうのは、興味の対象が似ているからでもある。19世紀フランス文学やパリの風俗、マキャヴェッリなどリアリストの思想、明治初頭の近代史から小林一三などビジネス関連の評伝も書いている。いずれも切り口がユニークで文章は軽妙洒脱、読者を飽きさせない。
本書にはいくつものエッセイが収録されているが、なかでも鹿島氏の真骨頂といえるのが、本のタイトルにもなっている「子供より古書が大事と思いたい」。奥さんと二人の子供を連れてフランスへ旅し、帰国する前、トゥールで『十九世紀ラルース』を買ったときの話だ。この本は全部で17巻ある。重量は合わせて75キロを超える。
問題はこの本をいかにしてホンダ・シビックに載せるか。本を詰め込むと、子供が座るスペースがなくなってしまう。
ここでタイトルの言葉が浮かぶ。奥さんから「あなたは、子供より古本が大事なの!」と言われるのは必至。しかし、事実、鹿島氏は子供より本が大事と思っているから何を言われても平気である。
『文藝春秋』最新号(10月号)で、鹿島氏のご子息由井緑郎さんが父親のことを書いている。
ちょっと拾ってみよう。
――鹿島茂は「本という悪魔」と契約を交わした求道者のような存在で、その求道の過程において家族が犠牲にされてきた。
――「本でできた監獄」の中に僕の幼少期は存在し、ほの昏いその場所で心を開ける相手は皮肉にも本しかいなかった。
――そんな生活を家族に強いた父を憎んでいた。
いやはや……。他人は笑えても、同居する家族は大変なのだ。
しかし、由井氏は父子の相克を乗り越えたのだろう。「鹿島茂のことを偉大な人間であると思っている」とも書いている。
いまでは父とアイデアを練って「書評アーカイブWEBサイト」〈ALL REVIEWS〉を開設し、神田神保町に「PASSAGE by ALL REVIEWS」という共同書店の代表を務めている。
この父子関係もけっこう面白い。
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