樹木は人間と同じ
植物の意外な能力について書かれた本が好きでたくさん読んでいるが、そのなかでも本書はめっぽう面白い。
著者のペーター・ヴォールレーベンは1964年、ドイツのボン生まれ。大学を卒業後、行政の立場から森林管理に携わっていたが、そこで彼が見たものは、採算性や人間の都合ばかりを優先した林業だった。
そこで一念発起。安定した職を捨ててフリーランスの営林者になる。やがて彼の理念に共感したいくつかの自治体から森林管理を任され、樹木のスペシャリストになっていく。
本書を読むと、樹木の能力に驚かされる。まるで人間のようなのだ。たとえば、地中ではさまざまな樹木が根を通じて栄養を与え合っている。協力することで生きやすい環境をつくっているのだ。森が育たなければ、強風や天候の変化から自分を守ることができないから。
香りや根を通じて、外敵の襲来を警告することも怠らない。たとえば、キリンに食べられたアカシアは警報ガス(エチレン)を発する。すると空気を伝わって、ほかの樹木にメッセージが届く。さらに驚くことは、それを知っているキリンは、メッセージが届かない距離に移動して食べ始めるか、あるいは香りが届かない風上に移動する。知恵比べである。
親樹が子供の樹に施す教育も奥が深い。ほとんどの子樹は親樹の近くに発芽するが、親樹は子樹を早く成長させないために、光を遮るという。早く成長した樹は早死にするのだ。ゆっくり成長した樹は年輪も詰まっていて柔軟性もあるため嵐がきても折れにくいし、抵抗力も強いため菌類に感染することも少なくなる。人間教育にも大いにヒントになる。
一本のポプラが生涯につくる種の数が約10億個であるのに対して、きちんと育つのはたった一本しかないということにも驚いた、宝くじに当選する確率よりずっと低い。それだけ命は尊いということだ。
あとがきで訳者の長谷川圭がヴォールレーベンの言葉を紹介している。
――森林は資材の自動販売機ではない。樹木は人間に使われることを目的として、ただそこにあるのではない。樹木も私たちと同じように感情をもち、社会的な生活を営む〝生き物〟なのだから、よりよく共存する方法を探さなければならない。
森林管理官として樹木に愛情を注ぐひとりの人間のメッセージが、深く心に沁み入る。