日本人に影響を与えた人物たち
日本人セレクションものはいくつもあるが、本書の特長は、タイトルにもあるように「日本を創った」、つまり現在に至るまで良くも悪くも日本人に多大な影響を与えている人物という視点で選んでいること。著者の好みで選べば、もっと異なる人選になったと思うが、その一点に徹頭徹尾こだわっている点が、他の同様の書と一線を画している。
あらゆる物事に明暗があるように、どんな人物にも功罪がある。ある面から見れば申し分のない人物も、別の面から見れば社会にとって悪ともなりえる。そもそも良いか悪いかなど、明瞭に区別することは不可能にちがいない。
著者は意図して書いたのだろうが、ここに登場する12人は、すべて功罪の両面がある。それを冷静に見つめ、私情をはさむことなくそのいずれの面も的確に突いているところに本書の価値がある。
では、堺屋太一が選ぶ「日本を創った12人」とは?
登場順に列記すると、聖徳太子、光源氏、源頼朝、織田信長、石田三成、徳川家康、石田梅岩、大久保利通、渋沢栄一、マッカーサー、池田勇人、松下幸之助。
このラインナップを見て驚くのは、架空の人物と外国人が入っていることである。前者は『源氏物語』の主人公・光源氏、後者は終戦後、日本を統治したGHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーである。
なるほどと思う。実在したかどうかに関わりなく、あるいは日本人かどうかに関わりなく、日本人の精神性に大きな影響を与えた人という視点で選べば、こういうラインナップになるだろう。彼らによって現代のわれわれの心性が方向づけられ、その結果として日本の国柄が定まったと言っていい。
例えば、渋沢栄一に関しては、私利私欲にとらわれることなく多くの事業を興し、殖産興業の礎を築いたという功績の反面、なにかにつけ皆で協調することを由とするやり方が、後の〝財界協調体制〟に発展し、閉鎖的で高コスト体質の社会をつくる元凶にもなっていると指摘する。
大久保利通は明治初頭の混乱期において発揮した辣腕を評価する一方、後の官僚主義のベースをつくったと指摘している。
池田勇人は戦後、日本において圧倒的な効力を持つに至った「経済最優先」の権化のごとくとらえている(事実、そうだと思うが)。
ものごと(あるいは人物)を多角的に見る複数の視点と柔軟な考え方は、じつは日本人にもっとも欠けている点だと筆者は思っている。だから極端から極端へ移ろいやすい。いいとなれば100%盲信し、悪いとなれば蛇蝎のごとく嫌う。戦前の軍国主義と戦後の左翼による安全保障思考停止状態を見れば一目瞭然だ。両者は同根である。右翼も左翼も多角的な視点と柔軟な考え方が欠如しているという点において、変わりはない。
ものごと(あるいは人物)の良い面と悪い面を見る。そして、それらを参考にしながら未来を切り拓く。そういった、バランスのとれた思考と行動が必要なはずだが、どうしても極端に走る。感情か理性に偏る。
本書を読むことは、思考法の訓練ともなる。「こんなに良い」は「こんなに悪い」にもなりえること、善のなかに悪があり、悪のなかに善もひそんでいること。それらを見極めるためのトレーニングともなる読書体験といえる。
ただ、堺屋氏が指摘しているように、すべてが正しいとは限らないという鉄則は、本書にも当てはまる。最後に、「チャールズ・チャップリンやウォルト・ディズニー、ビートルズといった人々の打ち出した快楽主義、面白い世の中を作ればいいという考え方」と書いているが、ウォルト・ディズニーはともかく、チャップリンやビートルズを快楽主義とくくってしまうのは、見当違いもはなはだしい。知らないことを書くと、馬脚を現すという見本でもある。