老舗企業を育む日本の精神風土
国税庁の資料によると、会社が10年続く確率は約6%、20年続く確率は0.4%、30年続く確率は0.021%だという。自然の生態系は、あらゆる生物が生き残る確率の、絶妙なバランスの上に成り立っているが、人間の経済活動にもそのような秩序が働いているのだろうか。それほど会社を〝続ける〟ことは至難の業だ。
以上の数字は日本におけるデータだが、世界はさらに厳しい。設立された会社のほとんどが消え去る運命にあると言って過言ではない。
本書は、日本に顕著な老舗企業をテーマにしたものだが、それによれば、200年以上続いている会社は、中国9社、インド3社、韓国ゼロ、そして日本には2000社以上あるという。世界でも圧倒的に飛び抜けている。さらに、日本には創業100年を超える会社が、10万社以上もあるというのだ。
2010年、本書の著者・野村進氏の取材記事を『Japanist』に掲載した。そのとき野村氏は、なぜ日本の老舗企業に関心を抱いたのか、次のように語ってくれた。
「20年間、アジア・太平洋地域を専門としてさまざまな企業に取材を重ねてきたが、アジアには歴史の長い会社が少ないと感じていた。同時に中国やインドに見られる急激な経済発展の仕方に違和感を覚えていた。アジアにはもっと他の生き方があるのではないかと。では、21世紀にアジアが世界に発信できる価値観はなんだろうと考えていたおり、ある新聞で日本の金剛組という会社が1400年以上続いているということを知り、興味をもっていろいろ調べ始めた」
金剛組の創業は578年、なんと飛鳥時代であり、いまの社長は31代目である。
ヨーロッパには家業経営歴200年以上の会社だけが加入を許される「エノキアン協会」という組織があり、最古の会社は1369年設立だというが、日本にはそれより古い店や会社が100近くもある。また、日本には創業100年以上の会社が推定で10万社以上あり、圧倒的に世界一だという。
これはたしかに世界に誇れることだ。一過性の売上高より会社の継続に価値を置いているともいえる。現に私たちの身の周りには〝老舗〟と呼ばれる会社がたくさんある。特に、長らく日本の都であった京都には歴史の長い会社が多い。
では、なぜ日本にこれだけ老舗の企業が生き残ったのか、野村氏は取材を重ねながら考察する。
それによって得た結論は、
「伝統で培ったものを墨守するだけではなく、最先端のものにする柔軟な適応力がある」
「時代の変化を受け入れる許容力がある」
「これだけは譲れないというブレない理念がある」
「血族に固執せず、よそから優れた人材を取り入れる」
「分をわきまえる」などだった。
中国やインドでは長男が継ぐのが当たり前で、血のつながりがない他者が継ぐなどありえないが、日本の老舗企業の家系図を見ると、3代目あたりで養子を迎えているケースが目立つという。つまり、大阪商人の言う「息子は選べないが、婿は選べる」という考え方が反映されているのだ。
それを可能にしてきたのは、他者に対する信頼だろう。日本は他国から侵略されることがほとんどなかったからか、自分が見きわめた他者に対する信頼感という点では一頭抜きん出ている(その副作用もあるともいえるが)。
西洋のキリスト教社会には、労働はつらいものという概念があるが、日本人は労働を歓びととらえる人が多く、近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方よしを理想とする精神的な土壌がある。加えて「人間を含めたあらゆる生物、鉱物にも魂が宿る」と信じ、代々伝わってきた道具を大切にし、使わなくなった道具には感謝を込めて供養する。それら諸々が複合的に合わさって、社歴の長い企業がたくさんある社会風土になったのではないかというのが野村氏の見方だ。
以前、インドで木造寺院を見たとき、あまりにもお粗末な作り方に唖然とした覚えがある。精緻で美しい日本の寺社建築を見慣れた目には、悪ふざけにしか見えなかった。企業が長く継続することを前提にしなければ、熟練の職人を育てるという発想にはならないだろう。
GAFAに代表される、ビジネスのプラットフォーム作りで先端をいっている企業と比べ、日本人はそういう戦略に乏しいという声をよく聞くが、性に合わないことをしても西洋の合理主義的発想にはかなわないだろう。やはり、日本人には日本人の道がある。それを発揮できる社会を作ることが重要ではないか。
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