お金という魔物の進化の過程
お金ってなんだろう? 多くの人がそう思っているにちがいない。およそ、人が生まれて死ぬまでの間、ずっとお金に翻弄されている。時にはそれが原因で命を落とすこともある。だからこそ、お金の本質を見きわめ、どのような距離感を保てばいいか、自分なりの基準をもつべきなのだ。でなければ、一生お金という概念に支配される。
端的に言ってしまえば、お金は共同幻想だ。皆がそれを「お金」だと認めているから存在価値があるのであって、実体としてはただの紙っぺらだったり金属に過ぎない。いや、いまは紙や金属でさえない。ただ数字が増えたり減ったりしながらその人に属している概念に過ぎない。
それなのに、人はお金に一喜一憂する。
そんな〝魔物〟の本質を探るうえで、本書は適している。第1章は「パンの木の島の物語」と題し、人類にお金というものが定着するまでの経緯をわかりやすく表現している。第2章以降は、貨幣から進化した金融という概念がどう変遷をたどったかを説明している。
まず、パンの木理論を順を追って説明しよう。
1 無人島に漂着した人々が、そこでパンのなる木を見つける。
2 パンの木は場所や時期によって、実のつけ方にちがいがある。
3 助け合いを始める(生物学者リチャード・ドーキンスは「肉の最善の貯蔵庫は、仲間のお腹だ」と言った)。
4 しかし、助け合いは仲のいい人の間でなければ成立しない。
5 契約制度が生まれる。今年の豊かな実りを得た家族は、実りが豊かではないかもしれない来年に備えて、今年の実りの乏しさに苦しんでいる家族を探して、彼らにパンを与える(アダム・スミスが『国富論』でも言及しているが、その行為は博愛によるものではなく利己によるもの)。
6 自然に生えているパンの実を採集するだけではなく、その種を播いて育てることを始める(=農業のはじまり)。
7 それぞれの家族の事情や農業の技術の差から収穫量の差が生じる。そこで「来年は収穫が減りそう」という家族と「来年は収穫を増やせそう」という家族が、貸し借りをする。その際、有利な条件を求めて貸し手(借り手)を探す(=市場の形成)。これ以上有利な条件を探せそうにないという比率が市場価格となる。
8 交換したい物がその日に市場にあるとは限らない。そこで自分の商品を売って、他の物に取り替える必要性が生じる。そのときの「交換の媒介」は、誰にとっても価値が認識できてわかりやすい物。当初はパンの実だった。
9 交換手段としての「モノ」の量が増えると使いづらくなるため、軽くて持ち運びに便利で、腐らず、数えやすい物、すなわち宝貝や美しい石などに替わっていく。
10 当初、人々はその「モノ」に抵抗感があったが、やがて受け容れていく。なぜなら、いつでもそれを受け取ってくれる人がいるから(仮にその人をGとする)。
11 Gはその「モノ」が妥当かどうか鑑定をし、鑑定料をとる。やがて、Gに多くの人が集まり、相談されたり謝礼がもらえるようになる。やがて、Gはその地域の王になり、政府の役割をするようになる。
12 宝貝は数に限りがある。そこで、Gは粘土をこねて形を整え、Gの刻印をして焼き固め、それを貨幣とする。
13 その貨幣は王家の生活や政府の仕事を賄うためには使用しないというルールをつくり、価値の維持を可能にする。
14 人々は貨幣を借りるため、Gを訪れる。貨幣を借り、市場でパンの実と交換し、将来のパンの実と交換する契約を交わす(確実に儲けられるから=利息の誕生)。
15 Gは利率を決めるには市場の動向に詳しい人がやるべきで、自分は行わない方がいいと判断する。そこで、市場に詳しい商人たちを集めてバンクをつくる(商人が取り引きのときに使う横長の机をベンチとかバンクと呼んでいた)。
16 Gは人々から税金を徴収し、行政サービスを施す政府の役割に専念する。しかし、その年に必要な税収が予定通り入ってくるとは限らないから、将来金に替えられる債権を発行する(=国債の発行)。
17 やがて、外国から商人がやってくる。彼らは光り輝く金貨と複雑な意匠を施した紙(紙幣)を使っていた。その島の住人たちは、その金貨や紙幣が欲しくなる。なぜなら、それを使えば、彼らが持っている魅力的な品々と交換することができるからだ。
……貨幣の進化はその後も続くが、おおまかな変遷は理解できたであろうか。つまり、お金は人間の発明品であり、知恵の産物である。だから、けっしてお金が悪いわけではない。要は、それをいかにうまく使いこなすか、である。
私ごとではあるが、起業した当初、その厄介なお金を制御しない限り、死ぬまでソイツに煩わされると思い、自分なりの対処法を考えた(詳しいことは拙著『葉っぱは見えるが、根っこは見えない』に書いた)。それ以降、お金とはつかず離れずの関係で、そこそこうまくつきあっていると思っている。
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