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紺碧の将

日本人の脳の特殊性を科学的に解明

file.094『日本人の脳』角田忠信 大修館書店

 

 20代のはじめ頃、イングリッシュ・フェローとして日本に来ていたアメリカ人と親しく交友していた。しばしば彼と、日本人と西洋人は自然の音を感受する能力が根本的にちがうという話題になった。それがきっかけとなり、角田忠信の日本人と西洋人の脳比較論に興味を抱いた。

 本書は医学者であり、長年、日本人の脳の特殊性を研究してきた角田忠信が1978年、世に問うた著作である。

 脳には右脳と左脳があり、それぞれ働きが異なる。右脳は、主に感覚を司り、左脳は主に言語や計算、理論を司るとされる。したがって、左脳に障害があると言語障害を起こし、右脳に障害あると群衆のなかで知人を見分けることができない。右脳と左脳の役割について、現在ではほぼ常識として人口に膾炙している。

 本書で指摘している重大なことは、世界のなかで、日本人とポリネシア地域の島国の人の脳の働きがその他の国々の人たちと異なるという点だ。つまり、日本人は、右脳で音楽や機械音を認識するが、そのほかはすべて左脳で認識しているという。読書をしているとき、虫の音が聞こえてくると注意が散漫になるのは、虫の音を言語のように聞いているため。同じような理由で、コンサートでの咳は音楽を聞く妨げになる。日本人以外の人にとって、ただの無機的な自然の音が、日本人には「言葉」として聞こえるというのだ。

 右の図を見ていただきたい。本書の84ページに掲載されている図だが、これを見ると、西洋人の左脳(言語半球)は言語や計算などを司るロゴス的脳となっているが、日本人の左脳は言語やあらゆる人の声、虫の音、動物の鳴き声、計算などが入り混じり、心脳と書かれている。つまり、理論と感情が渾然一体となっているのだ。それらは、自然に対して鋭敏な感性を培うのに役立ったであろうし、一方、物事の是非を考える際、情緒が勝って的確な判断ができないという副作用ももたらしたであろう。日本人は理路整然とした議論が得意ではない、すぐに感情論になるという〝定説〟はこのあたりに遠因があるのかもしれない。太平洋戦争中の失敗を詳細に記した『失敗の本質』を読めばわかるが、重大な決断を迫られた場合、日本人はすぐ精神論に傾いてしまうというのも頷ける。

 また、料理番組で、「この野菜のこの部分には細かい土が残っていることもありますから、きれいに水で流してあげましょう」などと料理の素材を擬人化して話すのを何度も聞いたことがある。本来なら「水で流しましょう」だが、つい「〜してあげる」と言ってしまうのだ。おそらく、話している本人も気づいていないのであろう。それは自然に口をついた言葉であり、日本人独特の脳がそうさせているのかもしれない。

 小川のせせらぎや風の音、打ち寄せる波の音、鳥や虫の鳴く声も私たち日本人は〝声〟として聞いてきた。いにしえから詠まれてきた和歌は、それらの集大成ともいえる。一木一草に神が宿るという概念は、脳の機能にも大きな影響を与えたのだ。否、反対に、そういう脳だったからそういう感性が磨かれたとも考えられる。

 

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