なめらかなのに、ひっかかる
2回続けてフランスものを取り上げたい。
フランスの音楽といえば、ドビュッシーやラヴェル、フランク、フォーレ、プーランクなど近代クラシックの室内楽は別として、あまり馴染みがなかった。シャンソンに惹かれることもなかった。英米のロックやポップ・ミュージックと比べ、ウィスパーヴォイス系のまったりとした音は、〝エスプリ〟どころかドン臭いイメージがあった。
しかし、近年、ひいきのアーティストが何人か現れた。その一人がナターシャ・サン=ピエールだ。彼女は1981年生まれのカナダ人だが、キャリアのほとんどをフランスで過ごしている。彼女が憧れたセリーヌ・ディオンはカナダからアメリカへ舞台を移したが、ナターシャはフランスへ渡った。フランス語を母国語としているのだから、自然の流れだったともいえる。
1996年、15歳でデビューアルバムをリリースし、2000年にはミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』のフルール・ド・リス役に抜擢され、国際的なデビューを果たした。
なんといっても、歌唱力が図抜けている。前述のように、フレンチポップスといえば、ウィスパーヴォイス系が多いが、ナターシャはファルセットを効果的に活用しながら、バラードからアップテンポの曲まで多彩な歌唱力を披露している。
本作『ラムール・ル・ミュー(De L’amour Le Mieux)』は2002年、ナターシャが21歳のときの作品だが、あどけない顔に似合わず、すでに多彩な表現力をもっていたことがわかる。おそらく、母国語であるフランス語に適した歌い方を身につけたのだろう。彼女の代表曲のひとつでもある「心はすべて(Je N’aiquemonâme)」の英語版を「All I Have Is My Soul」という名前でこのアルバムの最後に収録しているが、フランス語バージョンと比べると、深みに欠けるのは明らか。オリジナルのフランス語版は、フランス語独特の語感が曲にピッタリ貼り付いている感じがするが、英語の方はどこか取ってつけたようなぎごちなさがある。それでもナターシャが歌うと、英語バージョンでもそれなりの趣がある。
本作は親しみやすい曲ばかりだが、不思議なことに飽きがこない。その秘訣は、万華鏡のように微妙に変化する声色にあるのかもしれない。特にパスカル・オビスポとデュエットしたオープニングの「わかるはず(Tu Trouveras)、「あきらめきれずに…(Alors On Se Raccroche)、「なんでもやってみる(On Peut ToutEssayer)」「愛はすべてを奪い去る(L’amour Emporte Tout)」などが印象的だ。思わず口ずさみたくなる。
とはいえ、私はフランス語はまったく不如意で、口ずさむことなどできるはずもない。じつは何年か前、フランス語に挑戦しようと決意し、NHKのフランス語講座を視聴し始めたのだが、わずか数ヶ月で降参した。よくフランス料理を志した人が彼の地へ渡ってフランス語を習得しているという話しを聞くが、必要に迫られると早く習得できるのだろうか。日本人にとって習得の難易度が3段階に分けられた表を見たことがあるが、フランス語は最も難易度が高いグループにあった(スペイン語やイタリア語は最も平易なグループ)。
話がそれてしまった。ナターシャ・サン=ピエールは日本ではほとんど知られておらず、タワーレコードで探しても1枚もなかった。しかし、アマゾンでは何種類か購入できる。アマゾンがここまで強くなった理由がわかる。〝ほぼ〟なんでも入手できるのだ。
最新の書籍(電子書籍)
●『焚き火と夕焼け エアロコンセプト 菅野敬一、かく語りき』
本サイトの髙久の連載記事