ワーグナーのキモを集めた贅沢な一枚
私にとっての〝勝負曲〟といえば、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」序曲。ここぞという日の朝、この曲をなるべく大きな音量でかけ、全身に行き渡らせる。みるみるエネルギーが充填され、パワーアップされる。「マイスタージンガー」は精力剤的な要素を含んでいる。
ワーグナーと聞いて、ヒトラーを連想する人が少なくないようだ。私も以前はそうだった。ヒトラーが戦意高揚や大衆揺動を行う際、ワーグナーを効果的に用いたとされているからだ。
事実、ヒトラーがワーグナーをとりわけ愛聴していたことは事実。しかし、ワーグナーに責任はない。なぜなら、ワーグナーはほぼブラームスと同時代の人。1813年に生まれて83年に没している。ヒトラーが生まれたのは、1889年。ワーグナーとヒトラーの直接的な接点はなかった。
ワーグナーといえば、やたら長大な作品が多い。空前の超大作『ニーベルングの指環』にいたっては全曲で約15時間も要する。「バイロイト音楽祭」で3日間にわたって演奏されることでも知られている。
世のワグネリアン(ワーグナー愛好者)であれば、全曲通して聴いてこそ本物のワーグナー・ファンだと言うのだろう。しかし、私は本物のワーグナー・ファンでなくてもいいし、そもそもいろいろな音楽を聴きたい人間だ。ワーグナーばかり聴いているわけにはいかないのだ。
そこで出番となるのが、ダイジェスト版や序曲集など〝いいとこどり〟をした編集もの。悪くいえば「切り売り」「寄せ集め」だが、ワーグナーに限っていえば、これはこれで意義のある聴き方だと思っている。
そんな私が最も愛聴するのが、デッカから出た序曲・前奏曲の寄せ集めだ。なにしろ、オーケストラはウィーン・フィルで統一されてはいるが、指揮者はズービン・メータ、ホルスト・シュタイン、ゲオルグ・ショルティの3人によるものであり、録音時期も1961年から1973年まで幅広い。そういう欠点はあるものの、内容は申し分ない。
収録されている曲は、
1 楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲
2 歌劇『さまよえるオランダ人』序曲
3 歌劇『タンホイザー』序曲
4 歌劇『ローエングリン』第1幕への前奏曲
5 舞台神聖祭典劇『パルシファル』第1幕への前奏曲
6 楽劇『ワルキューレ』ワルキューレの騎行
の6曲。
贅沢な曲目だ。「ローエングリン」のように宇宙空間を静かに漂っているかのような曲があれば、前述「マイスタージンガー」や「ワルキューレの騎行」のような躍動する曲もある。すごいラインナップだ。
余談ながら、歌劇『ローエングリン』の第3幕で使われている「婚礼の合唱」は、メンデルスゾーンの「結婚行進曲」と並び、現在もっとも結婚式で用いられている曲である。また、「ワルキューレの騎行」はフランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』で、ドアーズの「ジ・エンド」とともに激烈な印象を残した。
余談の余談、あまり知られていないのが、グレン・グールドの独奏によるワーグナー集(写真右)。「マイスタージンガー」や『神々の黄昏』から「夜明けとジークフリートのラインへの旅」などが収められている。ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」をピアノ独奏で録音したりと、グールドはときどきオーケストラ曲をピアノ1台で奏でた。
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