現代の歌姫というアイコン
初めてビリー・アイリッシュの「バッド・ガイ(Bad Guy)」のPVを見たときは驚いた。黄色い紙の壁を足で突き破り、黄色いダブダブのパーカを来たビリーが現れる。フードをかぶり中腰で歩く姿は、その表情とも相まってまるでサルのように見えた。場面は変わり、鼻血が地面に垂れ落ちる。その後、イタズラのし放題だ。
2001年12月生まれの、現在19歳。通常であれば、その歳頃の女性は「かわいい・美しい・健康的・洗練されている」というようなイメージを求めるだろう。しかし、ビリーは真逆。「かわいくも美しくもない・姿勢も悪い・品もない・抜きん出て奇抜」というイメージ。せいぜいよく言って、無邪気・奔放。そんな彼女は「わたしは悪いヤツ」「大人にへつらって優等生ぶっている子はみんな地獄に行けばいい」と歌う。にもかかわらず熱狂的なファンを獲得し、2020年のグラミー賞で、主要4部門を含む合計5部門を受賞。主要部門の独占は39年ぶり史上2度目であり、女性として初、さらに史上最年少の記録というおまけまでついた。
境遇が変わっている。まさに、このような環境でこう育てればこういう子になるというサンプルのようだ。
両親はともに俳優。学校へ行く必要はないと、自宅で学習する環境を整え、8歳のときに地元ロサンゼルスの少年少女合唱団に入れた。自宅ではビートルズなどが流れていた(第92回アカデミー賞の授賞式でビートルズの『イエスタデイ』を披露している)。
現在も兄フィニアス・オコネルが曲作りやプロデュースでビリーを補佐するが、兄に倣って作曲を始めたのは11歳のときだった。
デビューのきっかけを見ると、時代は変わっていると思い知らされる。
13歳のときに作った「オーシャン・アイズ(Ocean Eyes)」を「Sound Cloud」にアップロードしたことがきっかけで注目を集めるのだ。その曲があるレコード会社の目に留まり、リリースされることになった。その後、2017年、フルアルバムではないものの『ドント・スマイル・アット・ミー(Don’t Smile at Me)』をリリースした(私はこちらの方が好み)。そして2019年、本作が発表され、前述のように世界的なブームを呼び、グラミー賞を総なめした。つまり、現代に合ったサクセス・ストーリーのひとつの道筋をビリーは築いたともいえる。
さっそく本作を聴いてみよう。
いきなり聞こえてくるのは兄との会話。直後、笑い声に変わり、バカ笑いに発展した後、「バッド・ガイ」が始まる。ベースがやたら強調されたエレクトロ・ビートに乗って、ビリーはウイスパー・ヴォイスで歌う。声量はないが、高くささやくような声は伸びやかで、フェイドアウトするときのかすれ具合も玄妙だ。わざと音を歪ませるなど、慣れるまで違和感を覚える。時にケイト・ブッシュのようなコケティッシュな声にもなり、時にカーラ・ブルーニのような艶のある声にもなる。
私がもっとも好きな曲は「オール・ザ・グッド・ガールズ・ゴー・トゥ・ヘル(All the Good Girls Go to Hell)」。前述のように(優等生ぶった子は地獄へ云々)過激な歌詞だが、レゲエ調の軽やかなリズムがビリーの幅広い表現力を表している。
ウクレレに導かれて子供のような無邪気な声で淡々と歌う「8」も印象深い。なにげない作品という印象を受けるが、この歌い方を真似てカヴァーできる人はいないだろう。
シングルになった「ホエン・ザ・パーティーズ・オーヴァー(When the Party’s Over)」と「ベリー・ア・フレンド(Bury a Friend)」もいい。切々と歌っても独自の世界を醸している。
ところで、ビリーはファッション面でも「ほかの誰とも違う」ことを信条にしているようだ。ダブダブの服は体型を隠そうという意図もあるようだが、「わたしたちが肉体を必要とするのは、ご飯を食べたりクソするためじゃん。人間として生きてくために必要ってだけ。そう考えると体型で他人を評価したり、くよくよ考える方がおかしいんだよ」と過激なことをのたまう。
また、ビリーは顔面痙攣を引き起こすトゥレット障害、夜驚症、抑うつ・共感覚・聴覚情報処理障害などいくつかの精神障害があることを明らかにしている。彼女の中に巣食った(精神的な)病魔がビリーの個性を際立たせているのだろうか。それと引き換えに強烈な個性を得たとしたら、皮肉なものである。
とはいえ、個人的な事情を知らない一リスナーである私は、来る日も来る日もこのアルバムを聞きつづているわけである。
余談だが、ビリーは007シリーズ最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』の主題歌を作曲・演奏している。007ファンとしては勲章をあげたいくらいの快挙だ。
髙久の最近の電子書籍
本サイトの髙久の連載記事