ポップだがスルメ
世界で何千万枚も売れた、トンデモナイ作品だと知り、レコードを購入したのが20歳の頃。針を落とし、前のめりになって聴き始めたが、あまりにシンプル、あまりに素朴で拍子抜けした覚えがある。
当時、軟弱なポップスには目もくれなかった私は、このアルバムもその1枚と早合点してしまった。
ところが、何度も聴くうち、スルメを噛んでいるかのように味わいが滲み出してきた。その後、いつまでも色褪せない。不思議な音楽である。
キャロル・キングの歌は、けっして褒められたものではない。アレンジも素っ気なく、もう少し気合い入れたら? と思うこともあった。
それなのに、誰が彼女の曲をカヴァーしてもサマにならないのはどういうわけ? 写真下はこのアルバムを丸ごと(曲順も同じ)カヴァーした『つづれおり トリビュート(Tapestry Revisited)』には、ロッド・スチュワート、フェイス・ヒル、ビージーズ、セリーヌ・ディオンなど、1曲ずつ異なるアーティストが担当している。それなりに悪くはないのだが、オリジナルを超えていると思えるカヴァーはひとつもない。特に、思い入れたっぷりに歌ったり、過剰なアレンジを施したものはいけない。原曲の魅力を失っている。
このことはいろいろなことに共通して言えることではないか。
デザインもそうだ。ゴチャゴチャといろんな色やフォントを使ったものは、野暮ったい。しかし、基本的なフォントで色を抑えめにし、空間を生かしたデザインは品格があり、いつまでも見飽きない。
1971年に発表されたということからもわかるように、ベトナム反戦運動などで社会が荒れた反動なのかもしれない。世間がギンギンのロックより、素朴な味わいを求めた結果といえるだろう。
本作は15週連続で全米チャート1位を獲得し、その後、6年間チャートに名を連ね、現在までに2500万枚以上を売り上げているというオバケアルバム。4つのグラミー賞も獲得している。
ソングライティングはキャロル・キングが作曲を、夫のゲリー・ゴフィンが作詞を担当しているものが多い。かつてジョン・レノンは、「レノン=マッカートニーのコンビで、ゴフィン=キングのようになりたかった」と語っていた。
ボーナス・トラックを除けば、本作は12曲で構成されている。
私がもっとも贔屓にしているのは「イッツ・トゥー・レイト(”It’s Too Late)」。性格俳優のような独特の魅力がある。
アレサ・フランクリンの「ナチュラル・ウーマン(Natural Woman)」、ジェームズ・テーラーが歌ってヒットした「君の友だち(You’ve Got a Friend)」、「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー(Will You Love Me Tomorrow?」など佳曲が目白押し。
数年前、キャロル・キングの半生を題材にしたミュージカル『ビューティフル』が上演されるなど、彼女のキャリアは長いが、私は『つづれおり』以外、ピンとこない。じつのところ、一発屋だったのではないかと思っている。
とはいえ、この作品によって、彼女の名は半永久的に人々の記憶に刻まれることはまちがいない。
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