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紺碧の将

時代を超える〝映画のバイブル〟

file.122『映画術』アルフレッド・ヒッチコック+フランソワ・トリュフォー 晶文社

 

 今でもときどき、この大判の本が書店の棚に平置きしてあるのを目にする。B5判ハードカバー、厚さ31mm、堂々たる風格だ。

 なぜ、この本がこんなにも長く愛読されているのかといえば、ヒッチコックとトリュフォーという稀代の映画監督の、映画に対する並々ならぬ愛情が凝縮されていて、すべからく映画の本質を突いているからだろう。

 黒澤映画にも言えることだが、その時代は特撮技術がなかった。だから自分が思い描く〝絵〟を撮るには、知恵を絞り、工夫を凝らさなければならなかった。特撮を使ってチャチャッと仕上げたフェイクな映像にはない醍醐味があるのは当然のこと。

 1962年、フランス人の映画監督、トリフォーは、敬愛するヒッチコックに手紙を書いて、インタビューさせてほしいと申し込み、快諾の電報を受け取った(このやり取りだけで、時代を感じる)。インタビューが始まるや、二人はすぐに意気投合し、なんと50時間も映画について語り合った。おそらく目をキラキラさせながら。まるで少年のように。

 こうして生み出された本書は各国で翻訳され、世界中の映画作家や映画ファンのバイブル、あるいは教科書として読み継がれている。

 

 よもやヒッチコックを知らない人はいないと思う。1899年、イギリスに生まれた、いわゆる〝サスペンス映画の神さま〟。『北北西に進路を取れ』『めまい』『レベッカ』『ガス燈』『白い恐怖』『裏窓』『サイコ』『鳥』『ロープ』など傑作は数しれず。サスペンス映画とくくられるが、どのヒッチコック作品も人間心理の奥底をえぐり、ときに男女のロマンスにあふれ、イギリス人らしく軽快なウィットも含んでいる。ほんの数秒、でっぷりと太った自身を挿入するというお茶目なところもある。

 一方のトリュフォーは、1932年、フランス生まれ。ジャン=リュック・ゴダールやジャック・リヴェット、クロード・シャブロルらと並び、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の旗手の一人である。『大人は判ってくれない』でカンヌ国際映画祭監督賞を、『映画に愛をこめて アメリカの夜』でアカデミー外国語映画賞を受賞した。

 ヒッチコックとトリュフォーの語り合いは、映画のアイデアの宝庫でもある。「そこまでするか!」と驚きの連続だ。黒澤は映らないところも微に入り細に入り、いっさいの手抜きをしなかったというが、その緊張感が全編を貫いてこそ、作品にオーラが生まれる。その原理は、ヒッチコックも同様だ。

 撮影中のスナップなど、貴重な520枚もの写真が掲載されていることも本書の魅力だ。

 友人と連れ立って初めてヒッチコックに会う日、なんと用水溝に落ちてずぶ濡れになってしまうというエピソードから始まるトリュフォーの序文も秀逸である。インタビューが始まった当初、ヒッチコックはダジャレや冗談を交えて気楽に語っていたが、3日目からは厳しい自己批判を交え、真摯に自作の分析・解説をしたという。

 また、トリュフォーは、取材を通じ、ヒッチコックの二面性を見抜いたと書いている。すなわち自信家でシニカルな外面と、傷つきやすくデリケートで感じやすく、すべての物事に深く、肉体的に感応し、自己の感性を観客のそれにぴったり合わせようとする内面のふたつである。そして、ヒッチコックの作品の背景には、彼の性向が強く影響していると喝破している。

 余談ながら、本書を題材にした映画『ヒッチコック/トリュフォー』が2015年に公開されていることもつけ加えておきたい。

 1962年にユニバーサル・スタジオの会議室で行われたインタビューの貴重な音声テープをはじめ、ヒッチコックの映画術を、多角的に紐解いている。マーティン・スコセッシ、デヴィッド・フィンチャー、黒澤清、ウェス・アンダーソン、リチャード・リンクレイターらヒッチコックを敬愛する10人の映画監督たちのコメントもある。

 

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