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紺碧の将

シベリア抑留を生き延びた男の壮絶な手記

file.124『シベリア俘虜記』穂苅甲子男 光人社NF(ノンフィクション)文庫

 

 ロシアによるウクライナへの侵略が長期化し、一般市民に対するロシア兵の残虐な行為が露わにされている。これほど残酷なことができるのかと戦慄を覚える。いったい、ロシア人とはどういう生きものなのか。プーチンが始めた戦争にはちがいないが、ロシアという国家のシステムとロシア人がいなければけっして実行することはできない。

 ロシアについて考えるにあたり、本書はとても参考になる。「一兵士の過酷なる抑留体験」という副題が示している通り、著者自身がシベリアに抑留され、死と紙一重の収容所生活を生き延びた人である。

 冷静に読むにはあまりにも過酷な内容だ。国際法を破ったうえ、これほど残酷なことを平然とやってのけたロシア人の頭のなかはどうなっているのかと疑問を抱かざるをえない。

 余談だが、国際法を破った国別のデータを見ると、圧倒的に多いのはロシア(ソ連)。先進国で最も少ないのはイギリスだった。ロシア人にとって、国際法などただの便宜に過ぎないようだ。

 日本もロシアにとんだ煮え湯を飲まされた。1945年8月8日、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄し、満州に侵攻した。現在のウクライナ侵攻においても、ロシアはウソの上にウソを重ねているが、当時もそうだったのだ。

 この侵攻には伏線がある。ドイツの降伏が間近に迫った1945年2月、ヤルタで連合国側の会談が行われ、ソ連はドイツ降伏後3ヶ月以内に日本に対して参戦すること、南樺太と千島列島はソ連の帰属となることが決められている。それなのに〝お人好し〟の日本は、最後まで米英への仲介をソ連に打診していた。

 8月9日、長崎に原爆が投下された日に、ソ連は150万の軍勢で満州に侵攻し、日本兵58万人をシベリアへ連行した。

 本書の巻頭に25枚の写真と絵が掲載されている。絵は帰国後に描かれたものだろう。収容所での強制労働がいかに過酷だったか、一目瞭然だ。飢えた兵士に課せられるのは、マイナス60度のなかでの長時間労働。体力のない者は次々に倒れていく。凍結した大地に墓穴は掘れないため、全裸の死体を大地に横たえ、わずかな土砂と雪をかけて木っ端の墓標を立てる。そんな墓標が5万5,000もあるのだ。

 生きている者も、一寸先は闇。あまりの飢えのため、牛舎に忍び込み、牛の飼料を盗んで食べる兵士もいた。見つかれば厳しいリンチを加えられる。

 読みすすめるのがつらい。しかし、実際に起きた出来事を知るためには読まなければならない。

 これは戦争ではない。戦争の名を借りた、人道的大犯罪だ。ロシア側は、いまだに移送した日本軍将兵は戦闘継続中に〝合法的に〟拘束した捕虜であり、不当に留め置いた抑留者には該当しないとしているが、こういう身勝手なウソを平気で言い繕う国家だということを肝に銘じておく必要がある。

 本書の著者は、ロシア人を「露助」と書いているが、そう書かざるをえなかったのだ。

 武田信玄は「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」という言葉を残している。

「仇は敵なり」

 国際社会を屁とも思わないロシアのやり方は、結果的にロシア国民に不幸をもたらすだろう。ある意味、ロシア国民は被害者だという見方もあるが、しかしながら、それを選んでいるのもまたロシア国民なのである。

『カラマーゾフの兄弟』の新訳で知られるロシア文学者の亀山郁夫氏は、ある新聞にこう書いている。

 ――絶対的な権力が失われれば、社会の無秩序が制御不能な形で現れるのではないかと恐れるロシア人は、グローバリズムに対抗するためではなく、自らを統制するためにも強大な権力を本能的に求める。だから自立した個人が市民社会を形成するという西欧のデモクラシーが入ってきても、やがてそれに反発する心情が生まれ、再び権力に隷従した以前の状態に戻ってしまう。この国民性をロシアの作家グロスマンは「千年の奴隷」と呼んだ――。

 つまり、プーチンなるものはロシア人が望んだ結果なのだ。そして、今回プーチンが失脚しても、また別のプーチン的な人物がロシアという国を牛耳るようになる。民主主義という面倒くさいシステムより、専制君主の方がロシア人は好きなのだ。なんとも困った隣国である。

 本書は『fooga』で取材した人間工学士・小原二郎氏より贈呈された。本との邂逅もまた、偶然の産物である。そして、それが時として大きな意味をもつことがある。

 

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