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紺碧の将

色褪せない、文学的音楽

file.075『氷の世界』井上陽水

 こと音楽に関しては洋楽一辺倒の私だが、この作品は中学生の頃、リアルタイムで聴き、以来、飽きもせず聴いている。このアルバムに引きずられる形で何年かかけて井上陽水のほかの作品も買い求めたが、本作以前はフォーク調が強すぎて肌に合わず、本作以降は歌謡曲っぽくなってさらに肌に合わず、結局この1枚だけを残してすべて処分してしまった。陽水は本作だけ聴いていれば、あとは要らない。言いかえれば、そう思わせてしまうこの作品は、ただものではない。

 作品のクレジットを見て、驚きかつ納得するのは、忌野清志郎との共作が2曲(「帰れない二人」と「待ちぼうけ」)含まれていること。とりわけ前者は傑作だ。ニール・ヤングの影響を受けたというイントロからして妙味がある。映画『東京上空いらっしゃいませ』(1990年)の主題歌としても使用されている。

 当時、RCサクセションの未発表曲だった「指輪をはめたい」をもとに制作している。YouTubeで、二人がこの曲を共演しているクリップを見ることができるが、それぞれに味わいがある。陽水と清志郎はどこか底流に共通するものがあるのだろう。二人とも有名になる前、気脈を通じ合わせ、どんな音楽をやりたいかを語り合ったにちがいない。

 洋楽好きの私にとって、じつは日本語の詞がクセモノなのである。やたら感傷的だったり信じられないくらいベタだったりして、興醒めになることが少なくない。もちろん、英語の歌にもくだらない歌詞は多い。が、母国語ではないためにリアリティーがない。その点、このアルバムの陽水の詞は表現が豊かで、情景が鮮かに浮かび上がってくる。

 例えば、「氷の世界」。

 ――人を傷つけたいな、誰か傷つけたいな

 だけど出来ない理由は、やっぱりただ自分が恐いだけなんだな・・・・毎日、吹雪、吹雪、氷の世界

 

 現代の世相にも通ずる。だれにもこういう心はあるのかもしれない。実際に「やる」か「やらないか」のちがいだけで。心のなかが氷の世界のように冷え切っているのが伝わってくる。

 よく名の知られた「心もよう」は、

 

 ――さみしさのつれづれに手紙をしたためています、あなたに 

 青いインクがきれいでしょう、青い便箋が悲しいでしょう

 

 なんとも文学である。

 ところで、楽屋でギターを奏でる陽水を写した印象的なジャケット写真には次のようなエピソードがある。

 写真を撮影したカメラマンが、まちがってネガを長く現像液に浸けてしまったという。結果、寒々しい、まさに〝氷の世界〟のような画像ができあがった。このギターは清志郎が持っていたものだと後に清志郎本人が語っている。

 

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