信仰心と宗教イベント
築地の場外市場でお昼を食べ、浜離宮恩賜公園を歩き、日の出埠頭からシーバスで浅草へ行った。大勢の初詣客や観光客で賑わっていた。
雷門をくぐったことはあるが、じつは浅草寺を訪れたのは初めて。家族2人に驚かれた。
浅草寺にはかなり長い仲見世があり、人がごった返ししている。途中、店を覗いても、買いたいと思うものはひとつもない。浅草寺の本堂前には参拝客が大勢並んでいるが、その列に並ぶ根気もない。
つくづく宗教イベントに縁のない人間だなと思う。初詣もおみくじも経験がないし、厄年はまったく意識することなくこの齢になった。クリスマスやハロウィーンにもまったく興味がない。傍から見たら、かなり唯物論的人間と映るにちがいない。
ところが、である。自分では信仰心の厚い人間だと思っている。この世を統べるなにものかの存在は信じている。それが仏教の唱える仏なのか、老子の唱える道なのか、キリスト教の唱える神なのかはわからない。おそらく一番近いのは、八百万の神々であろう。村上和雄氏が言う「サムシング・グレート」がもっともぴったり当てはまる。
だからこそ、2度、購入した土地に建物を建てたときは、地鎮祭をきちんと行った。土地に棲む神々は信じているから。
こういう人間だが、これまで大禍なく生きてきたし、自分ではめっぽう運がいいと思っている。それでいいのだろう。おみくじで大吉を引いても、交通事故に遭う人はいるし……。
浜離宮のお堀
将軍お上りの場。徳川慶喜が鳥羽・伏見の戦いから航路逃げ出してきたときも、ここに着いたという
江戸時代、鷹狩りの際に使った茶屋(復元)
潮入の池を渡る橋
シーバスから、隅田川の眺望
たくさんある橋をくぐる
浅草寺五重塔
(220116 第1163回)
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