眠る名建築物
日比谷を歩いているとき、ふと日比谷公会堂はどうなっているのだろうと気になった。
日比谷公会堂は名建築のひとつと言っていいだろう。
1929年の竣工。発案は、当時東京市長だった後藤新平。彼のアイデアに安田善次郎が共鳴し、巨額の寄付金を集めた。
設計は、佐藤功一。彼は日比谷公会堂のほか、大隈講堂、津田塾大学、栃木県庁舎などで知られる。
1960年、浅沼稲次郎が刺殺されたのは、ここでの立会演説会での出来事だった。
2009年、のちに日本創心党へと発展する政治シンポジウムもここで行われた。ちょうどそのとき『Japanist』創刊号ができたばかりで、会場の入口にブースを設けて私自身も〝売り子〟になった。その日は、私にとってとてもいい出会いがあった。
日比谷公会堂に隣接する通称「野音」で開催されたコンサートにも何度か行った。思い出深いところである。
残念ながら耐震性に問題があるとして、2016年から休館している。改修着工の見通しは立っていないという。
品のある外観
隣接する「野音」
日比谷公園のなかには素敵なレストランがいくつかある。これは日比谷松本楼
フェリーチェガーデンという結婚式場
伊達政宗はこの地で亡くなった
(220130 第1165回)
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