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紺碧の将

善良な人間にたかるハイエナのような人たち

file.159『従兄ポンス』オノレ・ド・バルザック 柏木隆雄訳 藤原書店

 

 途方もない量を書き続けたバルザックの作品群の中から、どれか一冊を選べというイジワルな質問があったとする。かなり、悩むことになるだろう。本コラムで紹介した『ペール・ゴリオ』かメディアの本質を描いた『幻滅』か、あるいは短編集の『知られざる傑作』もいいな、と。

 が、最後は、『従妹ベット』とともに「貧しき縁者」をなす『従兄ポンス』を挙げるだろう。この作品は晩年の傑作にとどまらず、作家の独特な人間観が凝縮された代表作と言える。

「貧しき縁者」とあるように、この作品のテーマのひとつは、縁者、つまり血縁である。血がつながっていることによって起こるさまざまな愛憎、妬み、奸計、打算、悪徳……。この小説には人間が根元的にもっているであろう負の部分をあますところなく表現されている。

 ありていにいえば、登場人物のほとんどがどうしようもない悪人である。社会的地位が高かったり、上流階級を装っているほど、その内側にはドロドロとしたマグマのような悪意を抱えている。

 バルザックの人間性悪説もここまでくると極まれりである。救いがない。どこかに希望を残してほしいと思う。しかし、バルザックは読者のそういう要望をはなから無視するかのように我が道をいく。一時は法の力によって悪徳が駆逐されるかに見えるが、結局、莫大なポンスの遺産を奪いせしめたのはハゲタカのような人間たちだ。

 

 人のいいポンスと彼の友人・シュムッケは、音楽を生業としている。シュムッケはフランス語をかたことしか話せない善良なドイツ人で、ポンスはその醜悪な容貌からついに女性に縁がなかったが、絵画や骨董の収集と美食に遺産のほとんどをつぎ込んでしまっていた。しかし、ポンスの審美眼はたしかであり、彼のコレクションは時価数百万フランを下らない。

 寄食癖により、唯一の親類であるマルヴィル家にも嫌われ、あることから知人のすべてに嫌われる身となるが、彼が実は財産家であることが知れるや、それまでポンスを忌避していた人たちが変貌する。ポンスの莫大な財産を狙うのは、ポンスを追放したマルヴィル家だけではない。ポンスとシュムッケの面倒をかいがいしく見てくれた門番女や医師、弁護士、古道具屋など一筋縄ではいかない連中ばかりだ。

 ついにポンスは心労のため病に倒れる。近く迫った死を覚悟したポンスは、それまで心血を注いだコレクションを親友のシュムッケに遺贈できるよう最後の奇策を思いつく。しかし、ポンスを愚弄していた人たちがせしめることとなり、亡きポンスを「思えば、いい人だった」と偲ぶのである。……と、かなりネタバレをしてしまった。

 あらすじだけを書くと、とても読む気にはなれないかもしれない。しかし、読者を飽きさせないストーリー展開は、バルザックならでは。絵画や美食、当時のフランス人気質、そしてバルザックお得意の金融道がたっぷりと描かれている。

 舞台は、パリのマレ地区。当時のパリの様子がイメージできる。

 世界の政治や外交を見ると、バルザックのいうとおりだと思わざるを得ない。

 

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