どこを切っても上品な旨味がある
前回はユニークな数奇者が主人公の小説だったが、今回は現代の数奇者が夢想する割烹を舞台にした会食の数々を覗いてみたい。タイトルはNHKのテキストのようだが、これは作者特有の煙幕であろう。
冒頭の口上に、この店の亭主がつぎのように書いている。
――本来日本の文化は日常生活の内に深く根ざしたものであり、西洋的な概念である「芸術」と呼ぶには相容れないものがございます。ここでは日常の接待という、おもてなしの心遣いの内に潜む日本的感性と、その美意識について、各界でご活躍の皆様をお迎えし、お客様、しつらえ、料理の絶妙なる取り合わせを試みてみました。この東京のどこかに四席のみの割烹料理屋があるという想定で、店主の名を伏せて続けてまいりました。
……とあるように、杉本博司氏の理想の料理屋を舞台に、料理と美術・書画・骨董などのしつらえでとびきりの客をもたなすという趣向。店名は自然の内に美味を発見する喜び、すなわち「味を占める」に由来するという。
おもてなしの場は全部で30。客は各界で活躍する人ばかりで、いずれも物の善し悪しに通じている。
その場に合わせ、厳選された古今東西の美術品も〝ただもの〟ではない。おそらく杉本博司氏が私蔵する美術品であろう。
ゲストとしつらえとともに、料理も上品の極み。「華美に走らず、豪奢に奢らず、古からの日本人の食を再現する」ことをコンセプトとしている。
加えて見逃してはならないのが、店主が書いたと装った杉本氏の文章。例えば、しつらえの説明の合間にこんな文章がある。
――私は常々人生とは落差ではないかと思っております。努力を積み、苦労して高みに昇る、そこに人生の生き甲斐というものがございます。裕福にお生まれになったお方は時に不幸でございます。一生を守りに生きなければなりません。
どこを切っても極上の旨味がある。
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