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本質と真理にどっぷり浸かる旅

2025.01.11

 昨年11月9日付の本ブログで、私はこう書いた。

――いま、乙川優三郎に身も心も浸っている有り様で、「この人の本を読むために、これまでいろんな本を読んできたのか」とさえ思っている。時代小説から始まり、あるときから現代小説を書いているが、どれも奥が深く、人間の本質をさまざまな角度からあぶり出している。言葉も美しく流麗。彼の全著作31冊を読まずに一歩も進めない。

 

 ついに読破した。正確には自選短編集2冊と乙川氏が監修した本を合わせて34冊。

 換骨奪胎とはこういうことを言うのだろうか。人間の営みの機微、哀切と歓喜、論理と矛盾、自然の営みの荘厳さと連続性、そして人の営みの無常をとことん味わい、それまでの自分に新たな自分が加わった気分だ。真理と本質が凝縮された世界が万華鏡のように私の脳内と全身に行き渡ったのである。これを幸福と言わずして何と言おうか。

 しかも乙川氏の文章はことのほか美しく、品格がある。まがいものの情報に操られ、目先の損得しか考えない人が猛烈な勢いで増えている昨今、乙川氏の作品が広く受け入れられるとは思えない。しかし他の人はともかく、私は彼の作品群を胸に、これからの人生を心豊かに生きられるという確信を得た。

 

 今回の完全読破に際して、私はある試みをした。年代順に全作品リストをつくり、100点満点で採点を付したのだ。これから幾度も再読するうえで参考にしたいと思ったからだ。読むたびに印象が変わることがあるが、その足跡を記録したいと思ったのだ。おおむね、基準は以下のように定めた。

・50 点……悪くはないが、とりたてて良くもない

・60 点……読んで良かったと思える

・70 点……長く心に残るであろう良作

・80 点……めったに出会えるものではない傑作

・90 点……テーマ・独自性・構成・表現などすべてにおいて高いレベルで結実した、文学史に残る大傑作

 

 今までに読んだ膨大な小説のなかで、90点を超えるのはわずかしかないが、乙川作品には3作もある。もちろん、私の主観に過ぎないが、いかに彼の作品に打ちのめされたかがわかる。ちなみに80点以上は13作、70点以上は7作。乙川氏は、2013年に発表した『脊梁山脈』以降、現代文学を書き続けているが、概ねその前の時代小説に傑作が多い。とはいえ現代ものも良作揃いだ。自身の境遇に重ねているのか、人生の黄昏期において心が揺れ動いているくだりが多く、深く考えさせられる。

 

 ところで、先に「乙川氏が監修した本」と書いたが、じつはこれ、交誼のある〝文学少女〟から教えてもらったのである。『亦々一楽帖』というタイトルで、中一弥という挿絵画家の作品を乙川氏が選出し、新たに3つの短編を描き下ろして編集したもの。彼女は「乙川優三郎が好きでしたら」と薦めてくれたのだが、こういう埋もれた逸書を持っていて、さりげなく薦められる知性に共感する。

 この本がじつに素晴らしい! 中一弥という挿絵画家のことは知らなかったが、情景描写が的確で、小説で描かれているツボをうまく視覚化している。享年104歳らしいが、画家や書家、職人は長生きする人が多いようだ。反対にスポーツ選手は短命の人が多い。激しい運動で体が酸化するのだろうか。代謝はエネルギーを生み出すが、酸化を進行させる。今後のヒントにしたい。

 ところでこの本に収められた書き下ろし短編の「渓声」を読んではたと膝を打った。長編『麗しき花実』の続きという構成で、なぜ蒔絵師の理野が江戸から故郷の松江に戻ったか、その理由が明らかになる。さらに、鈴木其一(酒井抱一の弟子で江戸琳派の代表的画家の一人)が理野を訪ね、ある渓流に案内される。そのとき得たインスピレーションがのちにあの『夏秋渓流図屏風』を描かせたと暗示しているのだ。もちろんフィクションであるが、根津美術館で幾度もその作品を鑑賞し、深く脳裏に刻み込んでいる身にとって、得も言われぬ感興であった。 

(250111 第1254回)

 

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