昔の日本人がたまらなく誇りに思える
日本有数の食いしん坊・小泉武夫の代表作のひとつ。
もともと発酵学者である。東京農大で食文化論などをテーマに教鞭もふるっている。
以前、彼はこう言っていた。
「私はゲテモノ、珍食、奇食という言い方は嫌いなんです。全部その土地の知恵の食べ物なんです。どの民族も生きるための知恵として食行為があるんです」
その言葉どおり、小泉武夫は世界中のどこへ行っても、その土地の食べ物をむさぼり食う。ありとあらゆる酒を飲む(基本的に西洋の食べ物はあまりお好みではないようだが)。
この本を読むと、われわれ日本人の祖先がいかに食べ物に対して繊細なセンスを持ち合わせていたかがわかる。もとより日本には食材が豊富にあるわけではなかった。歴史をひもとけば、過去なんども飢饉に見舞われ、相当な餓死者を出している。だからこそ、およそ食べられるものを大切に、それこそ一片のムダもなく食べきることに腐心してきたのかもしれない。例えば、鰹節について次のような説明がある。
――原料鰹を3枚におろし、そのおろし身を煮籠に入れて、1時間半ほど煮たあと冷やし、骨抜きしてから底を簀の子張りした木の箱に四、五枚を重ねて入れ、焙乾室で堅い薪材を燃やしていぶし、乾燥する。
この焙乾のやり方はまず、85度Cで約1時間、5日間続けてする。このあと火を弱めて、さらに3、4日間、日光で乾燥すると荒節が得られる。
日本人の驚くべき知恵はここから先である。荒節を舟型に整形削りをし(これを裸節という)、これを4、5日間日光に乾かしてから、常に使用しているカビ付け用の樽、または箱に入れて密閉する。この容器内には、麹カビの一種、アスペルギルス・グラウカスの胞子が多数生息しているから、裸節を2週間もその中に入れていくと、その表面にカビが密生する。この一番カビを取りだして白乾し、カビははけでこすりとり、再びカビ付け容器に詰める。2週間ほどして、またカビが発生する(二番カビ)から、前と同様の操作を繰り返し、こうして三番カビ、四番カビを付け、最後に十分乾燥して製品ができあがる。
引用が長くなってしまった。つまり、世界中がまだ微生物の知識を持たなかった時代に、日本人はカビを巧妙に利用して保存食を作りだしてしまったのだ。焙乾しただけでは、内部までは硬くならない。そこで微生物を利用して、その内部までカチカチに固めてしまった。昔の日本人は微生物学者パスツールを超えていたというのも、あながち誇張ではない。
本書には、ありとあらゆる日本食に見られる驚くべき知恵が、懇切丁寧に書かれている。やっぱり、日本人は凄かった。