絶景を見る最上の舞台、上高地
日本の桃源郷は? と訊かれれば上高地と答える。それほど、私にとって上高地は特别な地である。
北アルプスに登るときは、必ず上高地から出発する。不遜にも、私にとって登山とはレジャーの要素を色濃く含んだものであり、生粋の登山家から見れば、鼻で笑うようなものであろう。テントを担いで幾日も縦走するような意気地も体力もない。遊びの延長として、自分ができるギリギリの線を試すというようなものでしかないのだ。
そんな人間にとって、上高地の美しさは抗いがたい魅力がある。なにしろ大正池から横尾まで、ほぼ10キロにわたって平坦な道が続き、しかも周りは2000メートルから3000メートル級の山々が連なり、透明度の高い梓川が伴走してくれるのである。
「どこを見ても絵になる」
よく使われる言葉だが、上高地ほどその言葉にふさわしいところはほかに知らない。
沢渡(さわんど)に車を置き、タクシーで上高地へ向かう途中、運転手から上高地の歴史を聞いた。運転手は、働き方改革によって若い人の収入が上がらず、タクシーを利用する人が減っていることをひとしきり嘆いたあと、何度も繰り返しているであろう上高地の説明をしてくれる。それによれば、明治時代は、周辺の樹が伐採され、牧場だったという。意外な感じがした。現在の上高地の景観から牧場を連想できなかったからだ。
後日ネットで調べ、おおざっぱな成り立ちがわかった。信州大学が2006年に行ったボーリング調査によって、今から1億2000年前に焼岳火山群が大爆発を起して古梓川をせき止め、大きな湖ができた。その後、5000年前に湖が消滅し、現在の上高地の原型がつくられた。
考えれば考えるほど、現地を歩けば歩くほど、上高地のような地形ができたことが不思議でならない。峻厳な山々に囲まれ、どうしてあの地だけが細長く平坦であったのか。絶景を人間に見せるために、わざわざ神様がこしらえたとしか思えない。
梓川の清らかさといったら! 雪渓から流れ出す雪解け水が混じり、真夏でもひんやりしている。透き通った水のなかをイワナが悠然と泳いでいる。空からはさまざまな鳥が音楽を奏でるように唄うのが聞こえる。
なにかに行き詰まったら、上高地へ行くといい。浮世の悩みなど、ちっぽけなものだと教えてくれる。
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(190823 第926回 写真上は上高地河童橋付近から見る北アルプス、下は梓川)