なんなんだ、このジイサンは?
台風15号は、日本列島に深い爪痕を残した。〝台風慣れ〟していない関東地方の、特に千葉における被害は甚大で、今なお復旧の目処がたっていない地域がある。
台風がやってくる直前、私の杞憂は新宿御苑の巨樹たちに向いた。人間より樹木を心配しているのもどうかと思うが、事実だから仕方がない。しばしば無言の会話を交わすうち、仲良しになった樹木がたくさんある。そのどれもが人生の大先輩で、ぬかずきたくなるほどの威厳を保っている。過去の台風によって根こそぎ倒された姿を見てきた。だからこその杞憂だった。
主だった巨樹はなんとか耐えたようだ。しかし、中堅どころの樹木が多数、なぎ倒された。いまだに進入禁止のエリアがある。
そんな状況下、驚かされたのが、サルスベリの花だ。台風が去ったあとも、なに食わぬ顔で微風に揺れている。花びらひとつ落ちていない。
――弱の強に勝ち柔の剛に勝つは、天下知らざるものなきも、能く行なうものなし。
「老子」第七十八の一節である。
柔よく剛を制す、とはしばしば柔道で使われる言葉。弱いものが強いものに勝ったり、柔らかいものが剛強なものに勝つことはみんな知っているけど、実際にそれを行う人はいないという意味だが、ところがどっこい、いたのである。
それが前述のサルスベリだ。他にもたくさんいるかもしれない。どんな風が吹こうが風に身を任せ、柔らかくいなしている植物が。
サルスベリの幹は、ガリガリの老人のように骨と皮しかなく、枝はヒョロヒョロと細い。強風をまともに受けたら、ポキっと折れそうだ。
しかし、台風などどこ吹く風、あっけらかんとしている。いったいなんなんだ、このジイサンは? なにか得体の知れない力を内に秘めている。
こんど台風が来たら、どんなワザを使って強風をいなしているのか、こっそり覗いてみたいものである。
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(191003 第936回)