粋でいなせでかっこいい男たち
浅田次郎は、ストーリーテリングの妙と軽快な筆さばきにおいて、現代の日本人作家のなかでも一頭抜きん出ている。彼の代表作は? と問われれば、あれもこれもと両手の指がすべて折れてしまうほど。しかし、ほどなくして「やはり、これしかないよな」と結論が導き出される。それが今回紹介する作品だ(集英社文庫もあり)。
全部で5巻ある。
1 闇の花道
2 残侠
3 初湯千両
4 昭和侠盗伝
5 ライムライト
語り手はタイトルにもある、通称「天切り松」と呼ばれる男。天を切る、つまり天井裏から忍び込むことを得意とする盗人で、本名は村田松蔵。彼は、六尺四方にしか聞こえない声色で、大正ロマン華やかなりし頃に東京で暗躍していた「目細の安吉」一家のさまざまなエピソードを語る。〝舞台〟は留置場や警察署、〝聞き手〟は留置場の入所者や警察署長など。みな、安吉一家の血湧き肉躍る、粋でいなせな物語に聞き入る。もちろん、読者もその一人となる。
安吉一家は、頭(かしら)である目細の安吉、説教癖のある寅弥、スリの名手・振り袖おこん、黄不動の英治、書生の常次郎など、個性たっぷりの面々。彼らは、金持ちのお宝だけを狙い、貧しい人には手を差し伸べる。怪盗ルパンさながらの一家だ。山県有朋、永井荷風、竹下夢二ら、時代を反映する人物も多数出てくる。
この小説の最大の魅力は、安吉一家や天切り松らが放つ、気っ風のいい言葉だ。浅田次郎は幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎・狂言作者の河竹黙阿弥に惚れ込んでいるらしいが、べらんめぇ口調の節回しが絶妙だ。江戸弁で語るからこそ、人の生きる道を説いても説教臭くない。同じことを標準語で言われたら、「なに言ってやがんだい、けたくそ悪っ」と反発したくなるだろうが、きっぷのいい江戸弁で言われると、「ご説、ごもっともです」と言わざるを得ない。
セリフの一部を抜き書きしよう。
「ブタバコは退屈なところでござんすから、女の話、食い物の話、稼業の話、何を口にしたってようござんすがね。したっけ銭金の話てえのァ、行儀が悪い」
「てめえらも金玉ぶら下げた男ならば、よおっく考えてみやがれ。銭金は命の次に大事なものだってか。冗談はよせ。銭金よりも命よりも大事なものァ、この世にいくらだってあらあ。長え人生、それをひとつずつ見っけて、懐に収っていけ。いいな、ぬかるんじゃあねえぞ」
上はいずれも天切り松のセリフ。金融業界で働く「カネカネ」主義の人たちにあてつけているのではないかと思うほど、金銭欲にまみれた人をこきおろす。
次はおこん姉さん。
「(山県有朋に向かって)いいかい閣下。世の中にゃ銭金より大事なもんが、いくらだってあるんだ。てめえのような長州の芋侍にゃわかるまい。どうりで薄ぼんやりと花火を見てやがると思ったら、ハハッ、どんと上がって消えちまう無益なもんの有難味を、てめえはしらなかったんだねぇ」
首相や陸軍大臣を歴任した天下の大物も、おこん姉さんにかかってはひとたまりもない。
仕事に対する説教も粋だ。以下は黄不動の英治のセリフ。
「この野郎、死んだかかあみてえな口ききやがって。棟梁てのァな、いつだってこうして棟木の上で玄能をふるってっから棟梁ってえんだ。地べたから偉そうに見上げてああせいのこうせいえのと言った日にやぁ、建前はみいんな花清のビルヂングみてえに歪んじまわあ。わかったか、このくそったれが」
天切り松はこうも言う。
「おうよ。フリーターてえきょうびのはやり言葉をよくは知らねえが、つまりァ『らしく見えねえ』てこったろう。職は一芸。一芸をとことん磨けァ、誰だってらしく見えるのァ当たり前だ。お巡りにせえ芸人にせえ、お医者にせえ政治家にせえ大工にせえ、ひと目でそうとわかる男がいなくなった。その昔ァ、湯屋に行ったって、男の稼業はそうと知れたもんだ。まったく、素人だらけの世の中になったもんだ」
人の生きる道についても、気の利いたセリフを連発する。
「おめえは、悪党だ。いいか先生、いかに民主主義の世の中だって、物事の善悪まで数の多寡できまるわけじゃあねえ。たとえ一握りの善行でもいいものはいい。みんなしてやろうが、悪いことァ悪いんだ。その道理もわからずに、運が悪かったと言うおめえは、根っからの悪党さ」
これは天切り松の言い分。
「てめえの身ひとつの辛抱ならいくらでもせえ。だが、他人の辛抱を見て見ぬふりしちゃならねえ。それが恥だ」
こちらは安吉親分のセリフ。
せせこましくなるばかりの現代の世相の真逆ともいえる颯爽とした人物がギューヅメのシリーズである。