A man can surely do what he wills to do , but he cannot determine what he wills.
「人は自分のやろうとしていることはできるが、自分の意志を決定することはできない」というショーペンハウアーの言葉。
20代のはじめ、「PAFM」という同人誌を創っていたが、その創刊号の表紙に書かれていた言葉でもある。メンバーの一人がイラストに手書きの言葉を添えた。
なぜ、彼がこの言葉を書き留めたのかはわからない。いっしょにロックバンドを組んでいた仲間だったが、大企業に就職し、自由を大幅に失った時期だったのだろう。
人間社会において、個人の自由意志を阻害するものはなにか。それと直面した場合、どのような行動をとるべきか。それなりに熟考した記憶がある。
アインシュタインは「私の信念」と題する文章で、こう書いている。
――私は若いとき、(上掲の)ショーペンハウアーの言葉に強く共感し、艱難辛苦を味わうたびに助けられたものです。自由意思をいつも持てるとは限らないと思っていれば、どんな情況をも受け入れることができるものです。
翻って、21世紀の日本に生きるわれわれの自由を阻害するものとはなにか。いろいろ考えたが、社会的な制約はほとんど思い浮かばない。それほどに現代の日本に生まれたということは、自由を保証されているようなものだ。大切なのは、自ら意思を決定しようという意思ではないか。
(第2回 200516)
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