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紺碧の将

さまざまな人生

2011.09.08

 前回、サントリー美術館で開催されている「あこがれのヴェネチアングラス」展を見、日本の若手作家に魅了されたと書いた。

 じつは今まであまりガラス工芸美術にはピンとこなかった。なんとなく作り物が過ぎて、自然の肌合いが稀少で、どうもなじめなかったのだ。

 ところが、ある江戸切子のお猪口を買い求めてから、その精巧さと美しさにあらためて気づかされたのである。そんなこともあって、半ば期待・半ば義務感のようなものを抱き、美術館を訪れたのであった。

 最初は14世紀頃のヴェネチアングラスが展示されていて、「へ〜、この時代にこんな技術があったなんて、やっぱりヨーロッパはすごかったんだ」と思う程度だった。宗教画と同じで、あのテのゴテゴテはどうしても好きになれない。

 いよいよ展示会場も終盤にさしかかった頃だった。現代の日本人作家が登場するあたりから俄然面白くなってきたのだ。ガラス工芸なのに、驚くほど緻密で、しかも形も色彩も大胆だ。発想のしかたがとんでもなく自由なのだ。

 中でも心引かれたのが、植木寛子さんの作品だった。図録によると、1978年生まれ。ということは、まだ30代前半。美大で油彩画を専攻したが、アールヌーヴォーなどを扱う古美術商の家に生まれたことが影響したのか、油彩画のイメージをガラスで表現しようと思いつく。

 そして、いきなり吹きガラスの殿堂・ヴェネチアのムラーノへ渡る。現在は一年の半分をムラーノで制作し、残りの半分で国内外の個展に精力を費やしているという。

 今回も展示されていたが、『向日葵の蕾』という、ハイヒールをはいた女性の足をモチーフにした作品がある。そのスケッチを携え、「これをガラスで形にできないか」とムラーノの工房を一軒一軒訪ね歩いたという。無謀といえば無謀。案の定、ほとんどの工房で門前払いをくらった。

 「あのね、お嬢ちゃん、こんな絵を持ってこられたって、吹きガラスでそんな形にできるはずないだろ。そんな甘いもんじゃないんだよこの世界は。こちとら忙しいんだから、さあ帰った帰った」と言われたかどうかわからないが、おそらくそんな感じで追い払われることがたびたびあったと思う。

 しかし、人間というものは面白いもので、あるマエストロが植木さんのデッサン画に興味を示し、いっしょに作ることになった。そのことがきっかけとなり、植木さんの思いは次々と形になっていった。

 植木さんは、女性の体こそ究極の美しい形であり、理想の自然美だという。その思いを作品に込め、新しいガラス工芸の世界を切り拓いている。

 

 じつにいろいろな人生があるね。だからこそ、人間は面白いんだけど。

(110908 第279回 写真は植木寛子氏の作品「日光浴後の煌めく時間」(図録『The Yearning Venetian Glass』サントリー美術館発行より)

 

 

 

 

 

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