多樂スパイス

ADVERTISING

私たちについて
紺碧の将

「ので」

2023.03.27

 困っている。「ので」を使えなくて、ほとほと困っている。

 本コラムで「奇妙な文末ので」を書いたのは2014年12月22日だから、かれこれ10年以上こういう風潮が続いている。ということは、「風潮」ではなく「定着」したということだろう。文体には「です・ます」調と「だ・である」調があるが、そのうち「ので・んで」調も選択肢に加わるかもしれない。なのに、生来、人と同じことをするのが得意ではない私は困っているのだ。

 もちろん、「ので」そのものに罪はない。「私は未成年なので酒は飲めません」という文章があったとして、なんら落ち度はない。しかし、私は「私は未成年である。だから酒は飲めません」と文章を変えてしまう。話し言葉でも同じようなことをしている。「ので」を使えばすっきりする場面でも、あえて忌避している。

 本心を言えば、もう白旗を上げて自分もバンバン「文末ので」を使えば気が楽になるのは重々知っている。

 しかしなあ……、それでは自分じゃなくなってしまうし、なにより自分で自分が気持ち悪い。

 ま、そういう人もいると思うので。

(220327 第1173回)

 

髙久の最新の電子書籍

『禅ねこうーにゃんのちょっとした助言』

『焚き火と夕焼け エアロコンセプト 菅野敬一、かく語りき』

『魂の伝承 アラン・シャペルの弟子たち』

『葉っぱは見えるが根っこは見えない』

『偉大な日本人列伝』

『本物の真髄』

 

本サイトの髙久の連載記事

◆音楽を食べて大きくなった

◆海の向こうのイケてる言葉

◆死ぬまでに読むべき300冊の本

【記事一覧に戻る】

ADVERTISING

メンターとしての中国古典(電子書籍)

Recommend Contents

このページのトップへ