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紺碧の将

自分が家畜だったら

2024.07.15

 先日、あるところで家畜の現状を伝える数枚のパネルを見て、衝撃を受けた。うすうす知ってはいたが、これほどまでとは知らなかった。日本は先進国だと思っていたが、ペットショップ同様、家畜の飼育についてもじつに遅れた国だということをあらためて思い知らされた。

 具体的に書くと多くの字数を要することになるので、妊娠ストールについてのみ「アニマルライツセンター」の公式サイトより、一部を抜粋して紹介する。

 

 子どもを産むために飼育される母豚は、生後8カ月程度で初めての種付け(人工授精か、オスとの交配)が行われます。種付け後、メスの豚たちは1頭1頭が別々の檻(妊娠ストール)へ入れられます。母豚たちの受胎・流産の確認や給餌管理がしやすいという理由で用いられるこのストールですが、ここで豚たちはすべての自由を奪われます。

 このストールはとても狭く、方向転換も振り返ることもできないサイズです。ここで115日間の妊娠期間を過ごし、出産前には別の檻(分娩ストール)へ移動されます。そこも狭く方向転換ができません。子どもを踏み潰さないように母豚と子豚は柵で分けられています。子豚は柵の間から入り、母豚の乳を吸います。この授乳期間が21日間。その後、母豚は次の種付けのために、ほかの母豚とともにフリーストール(何頭かの豚を群飼いする囲い)に一時入れられます。フリーストールもせいぜい4〜8畳程度しかありませんが方向転換や歩くことはできます。妊娠ストールよりはマシでしょう。しかしそこにいられるのはほんのわずかの期間で、発情して種付けが行われるとすぐにまた妊娠ストールへ戻されます。

 母豚たちはこのようなサイクルで平均して1年に2.2産させられ、生後4〜5年で屠殺されます。その一生のほとんどを方向転換の出来ないストールの中で過ごすのです。

 諸外国では妊娠ストールの使用が禁止されていますが、日本における使用率は91.6%にものぼります。

 豚たちは自然界であるなら母豚を中心に群れを作って仲間とともに生活する生き物です。しかし1頭1頭別々に檻に閉じ込められた豚たちに、それはかないません。巣作りも方向転換も、仲間と親和関係を結ぶこともできません。この檻の中で、メスの豚たちは、口の中に食べ物が入っていないのに口を動かし続けたり、水を飲み続けたり、目の前の柵をかじり続けたりという異常行動を起こすことがあります。跛行、足の怪我、切り傷や褥瘡に苦しむだけでなく、運動不足による筋肉や骨の弱体化に苦しんでいます。運動不足のため、起立不能になることは非常に多く、そのたびに治療されるのではなく殺されます。

 妊娠ストールに拘束されず、集団飼育(群飼)をされている母豚たちは、人が近づいても、静かです。興味深々な目をして人によってきます。しかし、ストールに閉じ込められている母豚の反応は違います。人が近づくと、豚たちは一斉に「キーキー」とおびえたようになきます。何が近づいてきたのか振り向いて後ろを確認したくてもできないことは豚にとって恐怖となります。

 すでに欧米では、妊娠ストールを廃止しても経営的にも技術的にも成り立つということは証明されています。養豚業者は妊娠ストール廃止に踏み出すべきなのです。妊娠ストールが使用された豚肉をあつかわないと発表している企業も増加しています。

 一方日本では、畜産動物のアニマルウェルフェアを担保する法的枠組みがない状況です。畜産動物に関する基準に「産業動物の飼養及び保管に関する基準」がありますが、「虐待防止に努めること」という程度しか書かれていません。

 豚をこの監獄から解放するために最も重要なのは消費者の意識です。アニマルウェルフェアに配慮されていない肉にはお金を払わないという状況を、私たちは作り上げなくてはなりません。スーパーで売られている豚肉、ファミレスやコンビニ、ファーストフード店などで使われている豚肉のほとんどは、飼育過程で妊娠ストールが使用されています。

 最良の選択は、肉を食べないという選択です。動物性食品に含まれていて、植物性食品から十分に摂取できない栄養素はありません。「肉を食べない」という選択が難しければ、「ミートフリーデー(週に一日肉なしの日)」を試してみることもできます。ミートフリーデーは世界中の都市や学校で取り組みが進んでいます。

 山梨県の「ぶぅふぅうぅ農園、鹿児島県の「えこふぁーむ」など、妊娠ストールを使用していない豚肉を購入することもできます。(以上、サイトの記事より抜粋)

 

 私はときどきスーパーに行くが、豚肉や牛肉が異様に安いと感じることがある。「野菜より安いから」という理由で肉を選ぶ人もいるという。ここで私たちは、なぜそんなに肉が安いのかを考える必要があるのではないか。

 わが家の食卓は野菜や魚が中心だが、時には肉も食べる。完全に肉食をやめるとは思わないが、よくよく考えて肉を食べる必要がある。

 自然界にあっても、弱肉強食は当たり前。ある意味、生き物のほとんどは捕食に多くの時間と労力を費やしている。そういう状況下で生き残れる個体はわずかだ(捕食されるにしても、それまでは〝生き物らしく〟生きることができるが)。それによって生態系が保たれている。だから、動物の肉を食べてはいけないとは思わない。

 自然環境保護関連団体の多くは、「自分たちはいいことをしている」という意識が強く、どうしても原理主義的・先鋭的になりやすい。オーストラリアのシーシェパードがわかりやすい例だろう。だから、彼らの唱えることがすべて正義だとも思わない。もちろん、アニマルライツセンターの唱えることにはおおむね賛同できる。

 私たちは実態を知る必要がある。それによって、どういう行動をとるべきか、一人ひとりが考えればいい。

 家畜動物の扱いについて、完璧な正論はない。ひとつ言えることは、「自分も家畜としてこの世に生まれてくる可能性があった」ということ。それを想像することは難しいことではない。やみくもに動物保護団体を批判するのは卑怯である。

 あのとき見たパネルはさまざまなことを考えるきっかけになった。まずはそのことに感謝したい。      

 そのうえで自分はどうするか。

①肉を食べる回数を減らす

②肉を買うときは、なるべく放牧された家畜の肉を選ぶ

③肉を食べるときは(他の食材の場合もそうだが)心のなかで手を合わせる

 一人ひとりが食べ物について、真剣に考えてほしい。

(240715 第1230回 写真は妊娠ストールに入れられた豚。アニマルライツセンターの公式サイトより)

 

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