業もまた美し
行きつけのギャラリーでユニークな人に会った。その人は〝サラリーマン・コレクター〟と呼ばれている。その言葉には「サラリーマンが美術品をコレクションするのは難しい」という前提がある。どんなに名の知れた優良企業に勤めていても、収入には限度がある。しかし、その御仁は大手生保に勤めながら何十年も美術品を買い集め、総数1000点を超える。
購入の対象は若手作家。その分、安く買えるが、とはいえそれなりの価格となる。そのため、彼は普通のサラリーマンがすること、例えばゴルフ・車・酒などをいっさいやらない。そうして浮いた資金をもとに、週末は都内のギャラリーをめぐり、ひたすら美術品を渉猟している。現在は会社を退職し、自由の身柄だが、今でもギャラリーめぐりを日課としている。
そんな彼には、もうひとつユニークな点がある。かれこれ25年ほど、銀座のとある歴史あるビルにマイルームを借りているのだ。購入した絵を飾ったり、好きな本を読んだり……。今でこそそのビルは人気を集めているが、借りた当時は幽霊ビルのようで、人の気配がなかったらしい。
その人曰く、「サラリーマン・コレクターにとって地方勤務は死を意味します。だから、絶対に地方勤務にならないような働き方をしました」。
つまり、地方に「飛ばされ」ないような、さらにいえば、自分の希望が通るような仕事をしたということだろう。たしかに地方でアートシーンを探るのは不可能と言っていい。
私も地方へ赴いたおり、なるべく美術館を訪ねるが、貸し切り状態の場合が珍しくない。ことアートに関し、都市部と地方では同じ国とは思えないほど状況が異なる。もちろん、このことは日本のみならず外国でも同じだろう。アートは生活必需品ではないからだろうか。
これがくだんの老舗ビル。名は奥野ビル
エレベーターの扉は手動式。『死刑台のエレベーター』を彷彿とする
エレベーターの上の、階数を示す部分
館内の廊下。部屋はいずれもワンルーム。ギャラリーや雑貨店が多い。入居希望者が多く、順番待ちとのこと
(241221 第1251回)
髙久多樂の新刊『紺碧の将』発売中
https://www.compass-point.jp/book/konpeki.html
本サイトの髙久の連載記事