建物の残し方、使い方
横浜の山手と言えば、開港以降外国人が居留した高級住宅地として知られている。アップダウンがきつく、猛暑のなかでの散歩には適しているかどうかわからないが、ひとたび洋館に入れば、涼しい空気の中で往時をしのびながら何時間でも涼むことができる。
横浜と神戸、いずれも国際的な港町で、なにかと比較されるケースが多いが、こと洋館の使い方に至っては東西の文化のちがいが如実に現れていておもしろい。
なにしろ神戸では西洋館のことを異人館と呼んでいる。これだけでも関東人には違和感があるが、北野あたりをそぞろ歩けば、もっと刺激的な光景に出くわす。なんと、それぞれの館の入り口でご婦人方が活発に呼び込みをしているのだ。「9館共通券が3,500円でお得ですよ〜」「3館だけでもいかがですか。1,300円で見られるんですよ」と営業に余念がない。まあ、仕事熱心と言えば仕事熱心。けっして悪いことではない。
では、横浜にある主要7つの洋館(横浜市イギリス館・山手111番館・山手234番館・エリスマン邸・ベーリック・ホール・ブラフ18番館・外交官の家)はどうか。これがなんと入場料は無料なのだ。しかも、それぞれの館には部屋に調和した椅子が効果的に配されていて、自由に座っていいことになっている。これはなにげないようでいて、実にポイントを押さえている。その建物の主になったようで、ただ歩いて見物するよりも圧倒的に満足感が高い。さらに感心したのは、それぞれの館で頻繁に音楽会が催されていることだ。演奏者は市民、入場料はもちろん無料である。手元にある7/8月の予定表を見ると、7館合計で数十回の演奏会が予定されている。
日本列島改造論以降、日本人は土木建築色の脳味噌に染色されてきた。ある時期まではそれも有効だったが、ついに人口減少時代に突入した今となってもハコモノを造ることが正義だと信じて疑わない輩が多い。今、全国にある公共の文化施設がどのような使われ方をしているか、マナコを見開いて見てほしい。うまく活用されているケースなどほとんどないに等しい。しかも莫大な税金だけは毎年垂れ流しながら。
横浜の洋館は、庭の樹木にもきちんと手入れが行き届いているところがいい。樹木の大きさは、その建物の歴史を物語る。
また、受付などで働いているご婦人方はボランティアだそうだが、そういうところに街への愛着とその人の心の豊かさを感じる。
そういう環境を整えることこそ、行政の役割のひとつだとも言えるだろう。やみくもに古い建物を壊し、なんの味わいもない新しい建物を造ることが行政の仕事だと思いこんでいる人は政治家になってほしくないのだが、彼らを選んでしまう国民がいるということも事実である。それを変えるには、古い建物がうまく使われているケースをたくさん見て、それがいかに素敵なことであるか実感すること、それ以外に特効薬はないかもしれない。
(070817 第3回 写真は、ブラフ18番館での演奏会風景)