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紺碧の将

「無償の愛」の力

2012.12.28

レ・ミゼラブル ポスター 子どもの頃から本が好きだった。ということは、たびたびこのブログでも書いた。

 そんな本好きが、最も愛する一作といえば、ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』。これは長年、不動の位置である。

 小学生の頃に『ああ無情』を読んで感銘を受け、中学生の頃にダイジェスト版を買って何度も読み、そして社会人になってから完全版を読んだ。無償の愛とはどういうものか、富める者と貧しき者が交差する社会の不条理とは、人は何を怖れて何を希求するのか、そして、どう生きるべきかなど、形容できないほど多くのことを学んだ気がする。のみならず、法に支配されることの滑稽さ、19世紀フランスにおける王党派と共和派の戦い、パリの都市構造など、物語の周辺のことも執拗なまでに掘り下げられているので充分に堪能できた。

 やがて好きが高じてパリのヴォージュ広場に面したユゴーが住んでいた家に行ったり、ジャン・バルジャンがコゼットの恋人・マリユスを救出する際、背負って進んだパリの下水道に潜るという始末。

 いずれにしれも、物語のさまざまシーンを思い起こすたび、私の心に温かいものが溢れてくる。さながら実体験であったかのように。

 

 その『レ・ミゼラブル』が映画化されたので、さっそく観に行った。

 行く前に、ひとつの躊躇があった。それは、小説の名作を映画化したもので成功したものはひとつもないということ。今までに何度裏切られ、原作を読んで抱いたイメージを打ち砕かれたことか。だから、今回もそういう危惧があった。まして、あの長大で深遠な物語をどのように映像化するのだろう、と。

 しかも、映画が始まるやいなや、他の戸惑いに直面することになった。なんと、ミュージカル仕立てなのだ。つまり、すべての台詞が「歌」になっている。ヘタしたらどうしようもなく陳腐な作品に成り下がってしまう。

 ところが、終わってみれば顔は涙で濡れ、心は得も言われる感動で満たされていた。

 俳優陣が素晴らしい。ジャン・バルジャン役のヒュー・ジャックマン、ジャベール警部役のラッセル・クロウ、ファンテーヌ役のアン・ハサウェイなどが吹き替えなしで熱唱する。切々と心情を歌うかと思えば、壮大な合唱にもなる。ラッセル・クロウなどは本職のオペラ歌手真っ青じゃないか。

 この映画は、主にキャストをイギリスが、音楽をフランスが担当したというが、ヨーロッパ人の底力をいやというほど思い知らされた。これほど壮大で迫力のある映像や音楽は日本人にはチト不向きである。あの黒澤とて……。

 フランス文学者であり、古書のコレクターであり、稀代のマキャヴェリスト・鹿島茂氏が読売新聞にこの映画の評を書いている。ちなみに、鹿島氏は『レ・ミゼラブル百六景』という厚い解説書も書いており、自他共に認める『レ・ミゼラブル』研究の第一人者である。

 

——愛はたしかに勝つ。だが、愛というものは貰った分だけしか人に与えられないものである。ゆえに、ファンテーヌやコゼット、それにジャベールのような、愛を受け取ったことがない惨めな人々(レ・ミゼラブル)を救うには、ジャン・バルジャンに象徴される《だれか》が見返りを要求しない無償の愛を《最初》に与えなければならない。かつてその《だれか》はイエスであった。だが、イエスへの信仰が衰えた現代にあっては、その《だれか》は《あなた》でなければならないのだ。

 

 慧眼である。そして、もうひとつ忘れてはならないものは、愛を与える側も至上の幸福を得られるということ。コゼットを引き取ってからのジャン・バルジャンは、愛を注ぐ対象を得ることによって、それまでの人生とはまるでうってかわった至福の体験を重ねることになる。

 そうはいっても、ジャン・バルジャンの無償の愛は切ない。こんなに切ないものがこの世にあるのだろうかと思うくらい切ない。

 

 さて、今年も1年間、本ブログを読んでいただき、ありがとうございます。おそらく今回が今年最後のブログになるでしょう。

 最後に性懲りもなく、歌を二つ。

 

 夕暮れてけふの成果を伝えけん 日一日と死に近づかん

 (夕方、一日を振り返り、目の前の左馬之助に報告をする。その充足感と、自分に与えられた日がこれでまた一日減ってしまったという嘆息がないまぜになった感情を謳う。ちなみに「左馬之助」とはケヤキである)

 

 かへりみて来たるわが道直からん されど谷山さても絶景かな

 (今までの人生を振り返ると、いろいろと曲がりくねった道だったなあ。大した人間でもないのにこんなに楽しい日々をおくれるのは上出来というもの。ウン、上出来ジョーデキという自己満足を謳った歌)

 

 それでは皆さん、良いお年を!

(121228 第390回)

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