むごき、ひととせ
あの若人が夭折してから、もうすぐ1年になる。
大竹智浩。
享年28歳。ほんとうに有為の青年だった(このあたりの事情がわからない方は、このブログの2012年2月14日付、「早すぎる死」をご覧ください)。
あの日の朝、大竹の母上から直接訃報をお聞きしたときの驚きは今でも忘れられない。一気に血が下がった。一方、電話口の向こうでは、じつに冷静沈着に我が子の死を伝えてくれている女性がいた。なるほど、あの母親にしてあの息子だったのか。そんな思いを、後になって抱いた。
先日、彼の墓参をした。よく晴れた日だったが、なぜか不似合いな強風が吹いていた。大竹の心のざわめきのような気がした。
そういえば、昨年秋に墓参したときは強い雨が降っていて、さながら大竹の涙のようでもあった。以前、彼の両親と墓参したことがあったので、どの墓かすぐにわかると思っていたが、それが甘かったことに気づいた。「大竹家之墓」と刻印された墓標がいくつもあったからだ。どこに大竹が眠っているのか、何度も調べたがついにわからず、だんだん雨脚が強くなってきたので記憶をたどって、「この辺かなあ」とあてずっぽうに花をたむけた。
引き返そうとした刹那、「社長、そこじゃないですよ」という声が聞こえたような聞こえないような気がして(もちろん、気のせい)、もう一度戻ると、なぜか今度はすぐにわかった。
かといって、一度、他の「大竹さん」にたむけた花を全部引き抜くのも気の毒だと思い、半分だけを抜いて大竹にたむけた。「ごめんよ、ごめんよ」と言いながら。
それにしても、早すぎる死だった。平均寿命前後の方ならともかく、春秋に富んだ有為の青年である。なぜ、神様はそんなにいいかげんな順番を決めたのだろうと今でも腑に落ちない。
せめて、生かされた身としては、最大限、与えられた命を燃焼し尽くしたいと思うこの頃である。
ひととせのあまりにむごき仕打ちかな つぎなる舞台長からんことを
(これもしたい、あれもしたいと思っても、もはや何もできない。あまりにむごい1年だったろう。せめて、次のステージでは長く謳歌できることを祈るばかりである)
合掌
(130206 第400回 この林の向こうに大竹が眠っている)