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紺碧の将

気韻生動

2013.04.03

富貴花図 なぜ、人間は、美術館へ足を運ぶのだろうか。

 こういうことを考え始めると、なぜ人間はコンサート会場へ足を運ぶのか、なぜスポーツを観戦するために競技場へ足を運ぶのかなどと際限なく広がってしまうのでキリのいいところでやめるべきなのだが、そうとわかっていても考えてしまう。

 先日、2日続けて素晴らしい絵を鑑賞することができた。荒井寛方記念館(栃木県さくら市)で開催されている『日本の情景 美の競演』と日本橋三越で開催されている『春の院展』に展示されていた那波多目功一氏の絵。荒井寛方記念館 で見た作品は『富貴花図』(右上写真)と『緑陰』、日本橋三越では『静寂』(文末に掲載)。

 覚えている方もいるだろうが、那波多目画伯は『Japanist』の創刊号で紹介した日本画家。現在、活躍している画家のなかで、私が最も好きな画家である。もちろん、それだからこそ創刊号の「ジャパニストの美術散歩」で取材させていただいたのだが、以来、画伯の作品には魅了されっぱなしである。

 画伯のモチーフは、ほとんど植物である。牡丹をもっとも得意とするが、椿も桜もいい。背景はまったくないか、あっても最小限にとどめていることが多い。モチーフ以外のほとんどを省略しているという点では、伝統的な日本画の手法にのっとっていると言っていいかもしれない。しかし、古めかしい印象はない。むしろ、見方によっては前衛的でさえある。

 もちろん、奇をてらうなどという作為は微塵も感じられない。大きな道の真中を堂々と歩いているような描きざまである。

 画伯は高校2年生のときに院展に出品し、なんといきなり入選。翌年、日展にも初出品で初入選している。父親が20年かかって果たせなかったものを、あっさりと果たしてしまった。野球の得意な若者が、いきなりプロ野球のオープン戦に出場してヒットを打ったようなものだ。

 それほど華々しいデビューを飾ったにもかかわらず、画伯はその後も絵にのめり込むわけではなく、なんと53歳まで会社経営の傍ら絵を描いていた。作品があまりにも高い評価を得るので、じゃあ本腰を入れて描こうか、と決心し、画家一筋になったのである。その間のプロセスは、世の芸術家を敵に回してしまうのでは? と思えるくらい、淡々としている。世の中には死ぬほど苦しい思いをして修業しても、夢を果たすことができない人がたくさんいるのに、画伯はほんとうにもう……、という感じである。

 透き通るような白い花びらの優雅さ、はかなさ。そして、緑やピンクの温かな色かげんはまさに才能のなせる技だろう。

 とても不思議なことがあった。右上の『富貴花図』であるが、会場で見ていたときは、左側の空間に白いモンシロチョウが二匹、ひらひらと舞っていたのに、あとで図録を見ると、そこにチョウの姿はなかった。あれは幻だったのか。あるいは私のボケが始まったのか。

 そういえば、作品の解説に、「完成後、展覧会場などで見て、足りないと思うときには筆を足したりします」と書いてあったが、もしかすると図録用の撮影をし、作品を会場に持ち込んだ後、モンシロチョウを描きたくてその場で描いたのかもしれない。もし、そうだとすると「おそるべし」である。その二匹のチョウは、とってつけたような雰囲気ではなく、じつにしっくりとその世界にはまり、空間を舞っていたからである。

 いずれにしても那波多目画伯、素敵すぎます。そういう素晴らしい方が『Japanist』のサポーターになっていただいているというのも、信じられない出来事である。

 

 ところで、冒頭に書いた、「なぜ人は絵を見るために美術館へ行くか」であるが、端的にいえば、日常ではなかなか得られない感動を得んがためであろう。

 人は美しいものを見たり聞いたりすると感動するが、それは気(生命の流れ)韻(リズム)が躍動するからでる。それを昔から「気韻生動」と言った。横山大観は次のように述べている。

——画論に気韻生動ということがあります。気韻は人品の高い人でなければ発揮できません。人品とは高い天分と教養を身につけた人のことで、日本画の究極は、この気韻生動に帰着するといっても過言ではないと信じています。

 また、明治の日本画家・安田靫彦は次のように述べている。

——東洋美術の深奥をよくあらわしたことばとして、大巧は拙なるがごとし(老子)と、気韻生動ということばがあります。まず、老子の言は、非常に巧みなものが土台にあって、拙なるものが生まれる。拙といっても、大巧に対して大拙と言いたいもので、その典型として絵では宗達、書では良寛があげられる。

 そうかぁ! 気韻生動を得たくて美術館へ足を運ぶのか。

(130403 第413回 荒井寛方記念館の『日本の情景 美の競演は』は5月19日まで、日本橋三越の『春の院展』は4月8日まで)

 静寂

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