本質的・根源的・長期的・包括的
以前、宮大工の小川三夫棟梁に取材したことがある。彼の師である西岡常一の著書と合わせ、そのときの体験は私に多くのものをもたらした。
彼らの仕事は、すべてが本質的・根源的・長期的・包括的なのだ。今の世の中の多くが、表面的・短期的・部分的なのと比べれば、そのちがいは瞭然としている。
なかでも、再建がなった後の薬師寺西塔について話が及んだときだった。天平時代の寸法を割り出すまでに約1年間を費やし、なるべく創建当時の姿に復元したわけだが、なんと対になっている東塔の高さと比べると、数十センチ高いというのだ。自重による沈下などを考慮し、およそ300年後に高さが揃うよう配慮されていると。
300年後といえば、自分はもちろんのこと、子どもや孫でさえ生きてはいない。自分がなした仕事の成果を見られるのは、ずっと後の世代の人たちだ。しかし、それでもその時代にまで思いを馳せて仕事をする。
「かっこいい!」
そう思わずにはいられなかった。
バルセロナにあるサグラダファミリア教会もそうだ。200年がかりで建築を進めている。なかには日本人技師もいるという。
自分の仕事が短期的になりすぎているきらいがあると反省したのは、小川棟梁に会ってからのことである。広告業界や出版業界も巷の例にもれず、より短期的な成果を求めるようになっているが、私やコンパス・ポイント、ジャパニストの2社はかなり中・長期的に物事を見られるようになっていると自負している。それでも、小川棟梁のレベルに比べれば論外であることは言うまでもないけど……。
本質的・根源的・長期的・包括的であることの大切さを噛みしめている。
(130529 第427回 写真は、サグラダファミリア教会)