時間の洗礼に耐えられるモノ
とにかくモノが溢れかえっている。どこを見回しても、モノの洪水だ。
もともと私はシンプルな空間が好きで、モノを選ぶ際は慎重を期してきた人間だと自負するが、それでも気がつくと身の周りはモノの山になっている。
そんなわけで、よほど気に入ったモノでなければ何も要らないと言っている人間が、久しぶりにモノを得て歓びに浸った。
多樂の落款印(らっかんいん)を彫ってもらったのだ(写真)。落款とは聞き慣れない方もいるだろうから、ウィキペディアから説明文を拝借。
──落款は、落成款識(らくせいかんし)の略語。書画を作成した際に製作時や記名識語(揮毫の場所、状況、動機など)、詩文などを書き付けたもの、またその行為を言う。その文を款記といい、その時捺す印章を落款印と言う。慣習上、署名として押捺された印影、または署名に代えて押捺した印影をさすことも多い。署名用の印そのものを落款と称することもある。
要するに、自分の雅号なりを石に彫ったものだ。
多樂塾でのご縁から、劉 躍勤さんという方と知己を得た。中国のお生まれで、日本に来て22年になるという。物静かな佇まいと少年のような笑顔が印象的な方だ。われわれ平均的な日本人より、よっぽど日本人らしい奥ゆかしさをもっている。奥さんも日本人だ。
「僕はこの国が大好きです。ときどき中国に行って日本に戻った時、ホッとするんですよ」と語る。
表装や篆刻(てんこく)などを業務とする「玉煙堂」という看板を上げてからまだ3年程度だ。
正直、バンバン売れるアイテムではないだろう。ニッチと言ってもいいかもしれない。しかし、印鑑というオフィシャルなものではなく、自分固有の存在を集約した印を求める人は少なからずいると思う。一生使えるわけだから、使ううちに愛着も増すだろう。
劉さんは、着物の生地を使ってスマホケースなども作成する。表具師として培った技術が生きるのである。
着物の生地が新たな役割を得て生まれ変わる。なんて素敵なのだろう。時代を超えて、形を変えて、生き続けるのだ。そういう、長い時間のスパンに着目しているのは慧眼というほかない。
劉さんの個展「温故知新」が11月16日から22日まで、京橋の「ギャラリーくぼた」で開かれる。
玉煙堂 http://www.gyokuendo.com
(151016 第587回 写真上は多樂の落款。下は着物の生地を使ったスマホケース。香りのコーディネーターとして活躍するAさんからいただいた)