今年のダントツ1位は『日々の光』
例年より少ないとはいえ、今年もいろいろな本を読んだ。特に多かったのが、小説の再読である。以前読んだ作品を、時を経て再び味わう。以前はわからなかった魅力を発見して自分の成長を感じたり、反対に、どうしてあの時はこんなものをいいと思ったんだろうと以前の自分に白い目を向けたり……。それもひとえに、再読ならではの楽しみといえる。
今年読んだ本で圧倒的に良かったのがジェイ・ルービンの『日々の光』。新聞の書評欄が目に止まり、購入した。ジェイ・ルービンの名は初めて知ったが、夏目漱石や芥川龍之介、村上春樹などを英訳している人だ。
現在75歳。自身初の小説をこの歳に出したというのがユニークだ。もっとも、作品は1987年末に仕上がっていたのだが、日系人収容所をテーマにした作品であるため、出版の機が熟していなかったらしい。レーガン大統領(当時)が戦前から戦中にかけて、日系アメリカ人に対して行ったアメリカ政府の行為について謝罪したことから日系人収容所などの事実が一般に知られることとなったが、それまでは超マイナーなテーマだった。日本人は、韓国人や中国人のように、過去の出来事をヒステリックに追求しないからね。
物語の舞台は戦時下のシアトル。時は1939年、キリスト教の牧師・トムは日系人の団徒にキリスト教を教えている。日米関係が徐々に緊迫し、アメリカ人の日系人に対する目が厳しくなっていくさなかにあって、トムは「敵性外国人」に〝崇高な〟教えを広めることに使命感を見出している。
トムにはビリーという子供がいた。まだ、幼い。妻は病死してしまった。そんな状況下、トムは光子という日本人に惹かれ、結婚を申し出る。光子は承諾し、トムやビリーに対して献身的に尽くすが、やがて真珠湾攻撃によって日米が開戦。光子は他の日本人、日系人とともに砂漠のなかにつくられた収容所に移送されることになる。日本人の血が16分の1入っていてもその対象になるという厳しい措置だ。
ミニドカ収容所に移される光子とビリーだが、トムはビリーだけを引き取り、光子との結婚は「最初からなかった」かのようにふるまい、日系人たちを見殺しにする。
時は移って1959年。主人公は成長したビリーに替わる。
彼の意識のなかに、ある忘れていたことが少しずつ甦ってくる。それは、自分が幼い頃、ありったけの愛情を注いでくれた人がいたということ。その名前がミツだということも思い出す。もっと多くの事実を知ろうとするが、父にとっては聖職者としての自分の汚点でもある。激昂するばかりでなにも教えてくれない。
その後、ビリーは父と断絶状態になることを覚悟して日本へ飛び、ミツの足跡をたどる。やがて、ビリーは複雑にからみ合った運命の糸にからめられる。
その後の展開を書くのはよそう。
時代を超え、人種のちがいを超え、人は人とどう関わっていくのか。宗教とはいったいなんなのか。とにかく壮大なテーマであり、感動の余韻はいつまでも褪せることがない。昭和35年前後の日本の様子、長崎に原爆が投下された直後の様子など、迫力のある描写はすでに一流作家の風格がある。
ところで、本を購入した時、表紙を見て違和感を感じた。「THE SUN GODS」とあったからだ。英語のGODに「S」がつくことはほとんどない。しかし、読み終えて納得した。この場合の神はキリストではなかったのだ。
小説の醍醐味は、人間の心の裡を描いていることだ。歴史書であれば、「○○年から○○年まで日系アメリカ人が○○に収容される」と表記されて終わってしまうかもしれない。しかし、小説はさまざまな登場人物の心の裡が表現されるので、その時代の空気が手に取るようにわかる。当時のアメリカ人の日本人に対する憎しみが増幅していく様子は、今のイスラム教徒に対する憎しみと通底するものを感じる。もちろん、小説は虚構だが、事実に即していない絵空事では作品にならない。リアリティがなかったら、ただのおとぎ話で、そんなものはあっという間に陳腐化してしまう。人間の本質に切り込んでこそ、文学としての価値があるのだ。だからこそ、人間の本質を知るうえで、小説は万国共通の効力を発揮する。
この本、私にとってまぎれもなく今年のナンバーワンだが、ひとつ気になるのは価格が高いということ。税込3,132円。ま、内容と比較すれば、安すぎるとも言えるのだが……。
(151221 第602回 断裁が揃っていない、味のある製本)