カフェ文化の再興を願う
20代前半の頃、マッチ箱を集めていた。というより、気がつくと、かなりの数のマッチ箱が溜まっていたと言った方がいいだろう。当時、どこの街にもたくさんの喫茶店があり、それぞれオリジナルのマッチをつくっていたのだ。
やがてそれら個人経営の喫茶店はスターバックスをはじめとした外資系のチェーン店に席巻され、八百屋や魚屋などと同じ衰退の道をたどることになる。
かく言う私も、「禁煙」「便利」「小ぎれい」というだけで外資系のチェーン店を愛用していた時期があった。そのうち、選択肢がなくなっていることに気づいた。そう、カフェに入ろうと思ったら、チェーン店以外に選べない状態になっていたのだ。そうなるに至り、ようやく愚かなことをしていると気づいた。チェーン店はタダのような金額で大量に買い付けた(酸化しまくっている)コーヒー豆を使い、日本の喫茶店文化を破壊していた。それによって、人が集って生まれる文化はどんどんやせ細っていくことになる。「鳥取県にはスタバはないが、砂場はある」という平井伸治知事の発言が話題を呼んだが、その鳥取県にさえ今ではスタバができた。全国どこへ行っても同じ顔をしたカフェがあるのだから、なんともつまらない。
パリを歩いて楽しいのは、個性的なカフェや美術館や書店がたくさんあることだ。若き日のヘミングウェイやフィツジェラルドが通って文学修業したカフェ、サルトルやボーヴォワールが実存主義について語ったカフェなどが今でも往時の姿をとどめ、多くの客を集めている。近年、テロに遭うことの多いパリだが、歩いて楽しい都市としては今でも世界一だと思う。「エコール・ド・パリ」とは、ある時代、パリに集った俊英の画家たちを総称しているが、まさに街そのものが「パリ学校」と言える。その一翼を担っているのが、個人経営のカフェだ。
Chinomaの下に味わい深いカフェがある。
名は「Cafe Katy」。カフェ・ケイティと読む。ある絵本から命名したという。
店主の中村淳一さんと奥さんの麻子さんのふたりで切り盛りしている。
私はかなりのコーヒー好きを自認しており、自宅にいる時はその都度手動で豆を挽いて煎れている。そんなわけだから、外食の際に飲むコーヒーはほとんど満足できない。
しかし、このカフェが供しているコーヒーやデザートは期待を裏切らない。よって、Chinomaに〝出社〟している時は必ず訪れ、束の間、脳の休息をとっている。
とにかくこの店のコーヒーは旨い。うまく煎れている、と言った方がいいかもしれない。
私はいわゆるアメリカンタイプの、薄味のコーヒーには用がない。深入りが基本だが、かといって、苦味だけでも困る。そういう私にとって、このカフェのコーヒーは家で飲むコーヒーと同様、じつに旨い。
特に好んでいるのはマンデリンだが、他にブラジル、コスタリカ、コロンビア、グァテマラなどがほぼ常備されている。
店の休日、中村さんご夫妻はほぼ一日かけて生豆を焙煎機でローストしているという。当然ながら、どのように焙煎するかについて考え巡らす機会が多いだろうし、それはとどのつまり、どのようなカフェにするかという根本的な思考にもつながっていくはずだ。実際、それぞれの豆の個性を引き出すための工夫が随所に見られる。その創意工夫が、きちんと結実している。
麻子さん手作りのデザートもいい。アップルパイ、ピーカンナッツタルト、チーズケーキ、ガトーショコラなど、ほぼ定番のラインナップだが、どれもコーヒーに合う。
カフェの王道を往く中村さんご夫妻だが、なんと淳一さんは、かつてスターバックスに勤めていたという。社員だった頃は、自分たちが日本のカフェ文化を根こそぎ壊しまくっていることに気づかなかったが、退職してからそのことに気づき、「反省した」という。そういう経緯があったからこそ、今のような店のスタイルをつくることができたのだろう。
おそらく、個人経営でカフェを運営するのは、いろいろな苦労が絶えないと思う。でも、頑張ってほしい。大きな組織の歯車になるのも人生の選択肢のひとつだろうが、せっかく生まれてきたのだから自分の力を試すのもいい。
最近つくづく思うが、世の中があまりにも合理性一点張りになり(あるいは性悪説が幅を利かせ)、一人ひとりに仕事の裁量権が与えられなくなっている。仕事の時間は、人生において圧倒的に多くを占める。そういう状態で仕事を続けていいのかと、一度立ち止まって考えることも必要なのではないか。創意工夫できる環境、自分の努力が実る環境、それこそが仕事の醍醐味であるのだから。
http://www.cafekaty.com/
(160107 第606回 写真上はCAFE KATYの入り口 ※2FがChinoma、中は中村さんご夫妻、下はコーヒーとデザート)