多樂スパイス
HOME > Chinoma > ブログ【多樂スパイス】 > 大久保と西郷の書に見る「人となり」

ADVERTISING

私たちについて
紺碧の将

大久保と西郷の書に見る「人となり」

2016.03.05

大久保利通 下淀川詩 ここ一ヶ月ほど、わけあって大久保利通関連の書物を読み続けている。大久保は、私が最も好きな歴史上の人物だが、その思いがますます堅牢になってくる。とにかくスゴイ、スゴイ、スゴイ! どうしてこれほど第一級の人物があの内憂外患の時期に現れたのか、不思議でならない。しかも西郷隆盛の盟友として。

 資料を読み進めるうち、大久保と西郷の役割が絶妙の補完関係にあったことがわかった。明治維新までは西郷が兄役、維新後は大久保が主役になって新生国家創生に尽力した。西郷は仕組みを構築していくことにはまったく頓着がなく、はっきりいって政治家には向かない。反面、情に厚く、家禄を失った士族たちにはなみなみならぬシンパシーをもっていた。それと征韓論、西南戦争は密接に結びついている。
 幕末から維新にかけて重要な働きをした松平慶永という人物がいる。越前藩の藩主であり、隠居後は春嶽と名乗った。配下に橋本左内や横井小楠、中根雪江といった傑物を擁していたことでも知られている。
 もともと春嶽は藩の殿様だから、薩長には敵意をいだいていたはずだが、彼の大久保評は常軌を逸しているほどの絶賛ぶりだ。
──内務卿兼参議大久保利通は、古今未曾有の大英雄と申すべし。(略)徳望は自然に備えたり。木戸・広沢如き者にあらず。胆力に至っては世界第一と申すべし。(略)日本全国の人心を鎮定して、其方向を定む、皆大久保一人の全国を維持するに依れり。維新の功業は大久保を以て第一とする也。興論もともあれ、大久保の功業は世界第一とするゆえん也。(『大久保利通の肖像』横井庄一郎著より一部抜粋)

 あの春嶽が「世界第一」と2回も書いているのだ。その他、大久保を絶賛している同時代の偉人は枚挙にいとまがないが、それくらい大久保はなみいる傑物たちを畏怖させた。春嶽は西郷も評価しているが、「世界一」とまでは言っていない。
 これだけ絶賛されているにもかかわらず、現代の日本人からの評価は不当という以外にない。日本では強力なリーダーシップを発揮して政治を行う人物の評価は概して低いのだが、であるにしてもひどすぎる。これでは報われない。もっとも、大久保にしても、天下国家のために仕事をしたのであって、報われたくてしたわけではないだろうが。

 ふと、大久保と西郷の書をネットで見つけた。「書はひとなり」というが、まさにその通りだと思う。
 まずは大久保の書「下淀川詩」。

 此夕意如何 水關
 不鎖鷗眠穏 十里長江
 戴夢過

 

 書家の石川九楊氏は、「西郷があまり強弱・抑揚を見せないのに対して、大久保のこの作では、第1行を強い筆圧の〈爲〉で始め、〈客京城感慨〉と筆圧を弱め、第2行の〈此夕意如何〉では筆圧を強め大きく書いている。第2行の強の〈意如何〉と第3行の弱の〈鷗眠〉、さらに第4行の強の〈戴夢過〉のコントラストは構築性に富んでいる。
 と評している。

西郷隆盛書 次いで西郷の書「示子弟詩」。

 世俗相反處 英雄却好
 親 逢難無肯退 見利勿全循
 齋過沽之已 同功賣是人
 平生偏勉力 終始可行身 

 

 石川九楊氏は「幕末維新の書の典型、臭うような精気を放つ、筆尖は紙に対して垂直に立ち、紙面上をうねうねぐねぐねと、のたうちまわる。(略)小さく、しかし太く〈世〉を書いておいて、〈俗〉のイ部に向けて勢いよく長く引き出し、そのあとはヘアピンカーブを描いて旁に連続し、谷部の第1筆に移り、第2筆を書き終えた後、また垂直気味に第3筆の左ハライを書き、残りの筆画はうねうね蛇行させながら書き進める。和様の骨格をもちながら和様のように浮沈-痩肥-させないで、筆圧は一貫して高い。必ずしも爽やかなものではない筆圧を伴った蛇行こそが本作の特徴であり、明治維新をもたらした力源である。
 と述べている。
 横井庄一郎氏はこうも書いている。
──書字が水平に伸びるということは、横のつながり、つまり友人や同朋との連帯を大事にするという西郷の表れです。西郷は「敬天愛人」といいながらも、人を愛すほうに重みがあり、西郷がいまなお絶大な人気を誇っているのは、これが一因なのではないかという指摘は鋭い。
 一方の大久保の書が垂直方向に伸びるのは、天地を意識することによって垂直動が強まっている。大久保は〝天を敬う〟が基本である。
 解説はこのへんでやめておこう。幕末・明治初頭においてわが国の屋台骨を支えたふたりの豪傑の人となりがみごとに表れている。
(160305 第620回 写真は大久保利通の書、下は西郷隆盛の書)

【記事一覧に戻る】

ADVERTISING

メンターとしての中国古典(電子書籍)

Recommend Contents

このページのトップへ