歩いてChinomaへ行く(後)
前回、どこまで書いたっけ? そうだ、赤坂御用地の周りを歩いて行くところだった。
赤坂御用地の中には東宮御所があり、皇太子ご夫妻がお住まいだ。その他にはどんな人がいるのだろうと素朴な疑問が去来した。あまりにも広大だからだ。
ま、いいか、これだけの緑が都心に残ったのだからと思い、先へ進む。南元町の信号を過ぎ、坂を登り切ると、学習院初等科の交差点がある。そこを塀に沿って右折する。
そういえば、学習院初等科の近くの閑静な住宅街に三國清美氏の〈オテル・ド・ミクニ〉がある。13年前、ここで取材したきり、一度も来ていない。取材したことさえ忘れていた。
さて、右に赤坂迎賓館がある(写真1)。以前、迎賓館を開放すると聞いてわざわざ足を運んだが、広い庭園しか見ることができなかった。たしかあの時は、本ブログで「赤坂迎賓館のケチ」というタイトルの記事を書いたはずだ。今は内部も見られるという。反省してくれたのかな。いずれ行ってみようと思っている。西洋の猿まねには違いないが、一見の価値ありだ。
このエリアも美しい。ときどき、ここを走ることがある。迎賓館に沿って周囲を走り、紀之国坂を左折し、ホテルニューオータニをなぞるように右へ旋回すると、紀尾井坂に出る。清水谷公園の近くで、私が尊崇する大久保利通が暗殺されたが、そのあたりで黙祷を捧げる。道行く人たちは、「なんだ、こいつは」という怪訝な表情をする。
おっと、脇道にそれた。Chinomaまで歩くコースの話だった。
赤坂迎賓館の正面入口まで進み、直角に左折すると、四谷見附へ至る道がある(写真2)。この道路は自動車進入禁止で、道路の両側に街路樹がある。広々として気持ちがいい。
四谷見附をまっすぐ進み、靖国通りに合流し、そのまま道なりに進めば外堀通りに至るのだが、四谷見附を右折するのが今回のルートのポイントだ。四谷駅前交差点を渡り、ニコラ・パレ修道院の左にある路地に入ると、四谷から飯田橋まで続く遊歩道がある(写真3)。左下を走るJR中央線沿いに伸びる桜並木の遊歩道で、ときどき気が向いた時に利用する。
なんといっても、都心とは思えないほど自然の風合いがいい。犬を連れて散歩をする女性や時間つぶしをしているサラリーマンなど、いろいろな人がしばし憩いの場として利用している。木々の葉が生い茂っているため、真夏でもしのぎやすい。
その遊歩道をずんずん進むと、JR市ヶ谷駅に出る。ここまで来れば、いつもの風景だ。外堀に架かった橋を渡り、外堀通りを右折する。私は極力、外堀に近い方の歩道を歩く。外堀が見えて、目に心地いいからだ。ちなみに、視線を右に移すと、こういう風景だ(写真4)。歩道にはトウカエデの街路樹が並び、外堀の土手には桜並木、外堀を挟んで向こう側には中央線が走り、その向こうに堤があり、桜並木に挟まれた遊歩道がある。なんともいえないコントラストだ。
この道を3、4分進むと、市ヶ谷田町の信号があり、道路を渡るとChinomaが入っている建物がある(写真5)。1階は行きつけのカフェ、〈ケイティー〉である。ここのコーヒーが抜群に美味しいということは以前この欄で書いた。自宅で飲むコーヒーと同じレベルのコーヒーを出してくれるカフェはなかなかない。そういうカフェがたまたま下にあるというのは、ほんとうにラッキーなことだ。おかげで他のカフェでコーヒーが飲めなくなった(笑)。特にスターバックスでは、「お願いだからコーヒーを飲ませないでくれ」と言っている。
千駄ヶ谷からここまで歩いて、1時間10分。あっという間の出来事だった。どこもきちんと整備されている。時間が経つのも忘れて歩いた気がする。景色のいいところを歩くだけで、とんでもない贅沢をした気分になる。
過日、『Japanist』第33号(次の次の号)の対談のため、山形県から山澤清さんが来た。彼は伝承野菜の種継ぎなど、さまざまな取り組みをしている。以前、本欄でも書いた通りだ。
彼を市ヶ谷駅まで迎えに行き、一緒に外堀通りを歩いている時だった。
「東京は空気が悪いってみんな言うげど、そんなごどはねぇ。東京は緑ばっかりだぁ」と言っていた。山形県の人がそう言うのだから間違いはない。
実際、東京は緑が多い。もちろん、地方の都市部と比較して、という条件付きだろう。地方の都市部ほど殺伐とした風景はない。かといって、山間部も汚い。荒れ放題だからだ。一度人間が手を入れてしまった以上、ずっと関わらなければいけないのだ。しかし、人間は勝手なもので、経済的合理性がなければほったらかしにする。
さて、くだんの山澤さんが登場する対談。これまでにないほど面白いと断言する。なにしろ、この世の秩序を知り尽くしているのではないか? と思わせるほどさまざまなものに通暁している。しかも、世の中を支配している〝常識〟にとらわれていない。怖いものなしの男だ。
「東京は美人ばっかだな。イナガがら美人がみんなトウギョに出できでしまうがら、イナガには美人がひどりもいねぇ!」と目をキョロキョロさせながら、マント姿で歩くオッサン。それが山澤さんだ。カッコイイ!
アカデミックな人とは正反対の「現場の真理」を突き詰めた人でもある。
(161110 第678回)