とろける正月
昨年の12月、神戸で本の最後の打ち合わせをした時、知人から日本酒をいただいた。それが黒箱に入った純米大吟醸原酒「幻(まぼろし)」。いかにも〝極上の酒〟といったオーラを醸していた。広島県竹原市の中尾醸造が造っている限定品だ。
竹原市といえば、ニッカウヰスキーとくるが、私は以前『Japanist』の取材で藤井酒造を訪れたことがある。知人曰く、「地元では中尾醸造の方が評価が高いらしいです」。
その逸品を正月にいただいた。
私は辛口が好みだ。日本酒度でいえば、10前後。醸造アルコールを添加しているのは飲まない。
この「幻」は日本酒±0。ふだん、自分では絶対に手を出さないカテゴリーだ。
それを冷でいただいた。
器は昨年秋、黒龍酒造の新酒の発表会に招かれた時にもらった深澤直人氏がデザインしたガラスの酒器。
深澤氏といえば、ずっと以前、シャチハタから依頼された印鑑を作った時の、彼のデザイン思想が印象に残っている。「形」というものを「本質」からとらえている。素敵な人だと思った(当日の発表会では本人と会うこともできた)。
旨い!
思わず言葉がほとばしり出た。
雑味がないのに、インパクトがある。清純なのに、濃厚。まろやかなのにガツンとくる。相反する要素が口のなかで交差する。
ガラスの酒器もぴったりだ。口が広いため、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。とろけそうな気分になった。このお酒、ネットを見ると、蔵伝承の「リンゴ酵母」で醸したとある。
ベートーヴェンの「第九」を聴きながら、うっとりしてしまった正月のひとコマだった。
S様、ありがとうございました。この場を借りて、お礼申し上げます。(170107 第691回 写真は「まぼろし」と深澤直人氏作ガラスの酒器)