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紺碧の将

エリゼ宮は遠かった

2008.12.06

 時には古いネタを使おう。一度は行ってみたい場所のひとつにパリのエリゼ宮があった。

 『魂の伝承』を執筆するため、フランス料理の歴史について調べていた時、フランスは食をからめて外交戦略をしているということを知って、なるほどと思い、以来、エリゼ宮に行ってみたいものだと思っていたからである。

 チャンスは存外早くやってきた。ある秋の日、パリに滞在していた時、偶然翌日がフランスで制定されている「私たちの財産記念日」であるということを知ったのだ。聞けば、毎年春と秋にそれぞれ2日ずつ、ふだんは一般に開放していない国の施設を開放する日で、エリゼ宮もその対象だという。

 そして、翌日、7時間以上も並んで待ち、念願のエリゼ宮に入ることができた。

 実際にエリゼ宮に入り、つぶさに観察すると、絢爛な中に威厳が漂い、ゲストを威圧するに足る空間であることが如実に読みとれた。

 外交にこれだけの食文化をからめられるフランス人とは、いったいどんな民族なのか? もちろん、答えなどわかろうはずもない。

 しかし、なぜフランス外交はしたたかで強いのか、その秘訣がわかったような気がした。彼らは自国の食文化が独特であり、それでいながら世界に通用するものであるということを熟知している。だからこそ、フランス料理が外交の武器になると思っている。そして、そのことに誇りを抱いている。豊かな文化の背景を持たない民族は、空虚な誇りしか持てないが、フランス人は憎たらしいほどに余裕綽々なのだ。だから、招待したゲストの「格」やフランスにとっての重要度に応じて、シャンパーニュやワインや料理に差をつけ、それとなくゲストに知らしめる。つまり、エリゼ宮で催された晩餐会のメニューを見れば、フランス政府のゲストに対するメッセージが読みとれるのである。

 なんとしたたかな! 力を持って、アメリカがフランスを説き伏せられない理由がわかる。フランス人が怖くもあり、また羨ましくもある。

 ちなみに7時間も並んだのは後にも先にもこの時だけ。午前10時前に並び、実際にエリゼ宮に入れたのは5時過ぎ。ある程度覚悟していたので、分厚いバルザックの『従姉妹ベット』を持って行き、ずっと7時間読みっぱなしだったが、足は痛くなってくるしお腹が空いてくるし……、あれほど辛いとは思わなかった。途中、屈伸やらその場歩きやらをしていたが、フランス人たちは平気な顔をして並んでいた。並ぶことに慣れているのだろう。

(081206 第79回 写真はエリゼ宮の入口に並ぶ人・ヒト・ひと……)

 

 

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