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紺碧の将

いにしえの昔の、木の体験を聞く

2018.05.01

 とある理由から、香木についてのレクチャーを受けることになった。

 講師は、香料業界の一部上場企業で役員を務め、50代前半で退職し、新たなミッションに挑まんとする鳥毛逸平氏。市ヶ谷の弊社事務所(Chinoma)で、受講生3人という贅沢な条件のもと、行われた。

 ありていに言えば、香りのする木の匂いを嗅ぐ。ただそれだけのことを、われわれの先達は聞香(ぶんこう)と言い、あろうことか香道という〝道〟にまで高めてしまった。ただお茶を飲むだけの行為を茶道という総合芸術に高め、それが世界中人に広まっていることを思うと、なんと日本人は文化のプラットフォームをつくるのが上手いことかと感心する。

 それにしても、「香りを聞く」とはいかにも興味をそそられる表現だ。

 

 香木は一般的に沈香(じんこう)と呼ばれる。東南アジアに自生するジンチョウゲ科の樹木にストレスがかかり、樹脂化したものが香りを発するという。595年、淡路島に大きな沈香が漂着し、なにも知らない現地の人がそれを薪といっしょに燃やしたところ、えもいわれぬ香りが漂ったことから朝廷に献上したのが世間に知られる発端であると「日本書紀」に書かれている。なんとも昔話に出てきそうなストーリーである。

 特に樹脂が多いものが伽羅(きゃら)と呼ばれ、希少なことからとんでもない価格で取引されている。そのなかでも特に知られているのが、正倉院宝物として収蔵されている蘭奢待(らんじゃたい)だ。これまでに蘭奢待を切り取った人物は、長い日本史のなかでも3人しかいないという。銀閣寺をつくった足利義政、織田信長、そして明治天皇である。耳かき一杯ほどでも目の玉が飛び出るくらい高価なものを、信長はごっそり削り取ったというのだから、そのときの権勢と好奇心の強さに感心する。

 レクチャーでは、鳥毛さん所有のさまざまな香木を聞くことができた。こんな体験はまたとない。私の呼吸器官は、あまりの希少な体験にクラクラしていたと思う。しかも、鳥毛さんの解説は本質をついており、じつにわかりやすい。

 話を聞きながら、思った。まさに香りを「聞く」という行為そのものだと。嗅ぐではなく、聞く。その木の来歴を、聞こうとする。木は言葉を発しないが、香りをもって自らの体験を語る。どんなストレスがあったのだろう。それほどの樹脂が出てきたからには、想像を絶する体験があったはず。時空を超えて、想像を巡らし、言葉になっていない言葉を聞こうとする行為が、まさしく「聞く」なのだ。

 そう思って周りを見回すと、聞くべき相手がたくさんいることがわかる。特に巨木はそうだ。私が巨木に惹かれるのは、彼らの言葉に知らず知らず耳を傾けているからかもしれない。

 鳥毛さん、またレクチャーをお願いしま〜す。

 

※悩めるニンゲンたちに、名ネコ・うーにゃん先生が禅の手ほどきをする「うーにゃん先生流マインドフルネス」、連載中。今回は「成果があったときの落とし穴」。

https://qiwacocoro.xsrv.jp/archives/category/%E9%80%A3%E8%BC%89/zengo

(180501 第808回 写真は鳥毛氏所有の伽羅)

 

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