3バカ旅姿
やむにやまれぬ理由が重なり、男三人で温泉へ行った。
メンバーはけっして明かせないが、仮に信州在住の炭焼き師Sと某辣腕政治家秘書Yとしておこう。行き先は松本の浅間温泉である。
宿選びはYの得意技が炸裂し、「最上階・スイート・貸し切り風呂付き」とあいなった。男三人で貸し切り風呂はないだろう! と一般的には思うはずだが、実際にありえるところに人間存在の面白みがある。
どうしてこういう事態になってしまったのか、いまもって不思議なのだが、要するに、男三人枕を並べて寝ることがどんな感懐をもたらすのか、実験してみようということでもあった。
当日、ある蕎麦屋で待ち合わせをしたのだが、満面の笑みでやってきたSの表情が脳裏にこびりついて離れない。たぶん、臨終の間際まであの笑顔は忘れられないだろう。待ちに待った日ということはわかるが、そこまで喜んでいいのだろうか。本人は照れ隠しで、「今日という日が来るのが怖かった。早く今日が過ぎてほしい」と、これまた満面の笑みで言っている。言葉と表情を連動させることはじつに難しいのである。
対するYは終始冷静沈着で、蕎麦屋でも宿に着いてもパソコンで仕事をしている。パソコンなんぞ、放り投げてハメをはずせばいいのになあと思いながら、私は一人だけで風呂に向かった。
今回は別の遊興が企図されていた。つまり、白フンドシと赤フンドシのどちらに軍配が上がるか?
その審判役に私が買って出たのだが、結局、最後まで冷静・沈着でいることがかなわず、「その時」が近づくにつれ、動悸・息切れが激しくなってきたので、無言のうちに勝負を延期させていただいた。まだまだ修業が足りないと痛感した次第である。
こういう時、日本人同士は話が早い。その場の空気で相手に伝えることができるのだから。
「本来なら、そろそろ勝負の時間だが、どうも気持ちの整理がつかない。しかるに、それぞれ微妙に時間をずらして風呂に入ろうではないか」というメッセージが言葉にならなくとも伝わってしまうのだ。
暗黙のうちに同意したわれわれ三人は、じつにうまくその「事態」を避け、それでいてさまざまな議題で盛り上がり、就寝の時間を迎えたのであった。
(100131 第147)