壮観だが寂れている、三段峡の不思議
広島市から車で1時間強、安芸太田市の太田川上流に、三段峡という名勝がある。渓谷沿いに観光用の遊歩道が整備されている。すべて歩くと5時間も要す。
一帯は、長い間の浸食によって崖に断層が現れている。崖に這いつくばるように設置された道を歩きながら、滝や澄んだ水たまりや岩々がつくり出す奇景に見ることができる。
平日だったためか、人は驚くほど少ない。車を停めた三段峡正面口にほとんど観光客がいなかった。喉の渇きを癒やすため自動販売機で水を買おうとしても、すべて「品切れ」となっていた。どうせ売れないからと、補充していないのだろう。
聞けば、JRの駅が三段峡正面口近くにあったが、利用客の減少にともなって、2003年に廃線となったという。自然がつくりだした、これほどの絶景を間近で見られる遊歩道があっても、この寂れ方である。甲府の近くの昇仙峡の寂れ方にも驚いたが、なぜ、こういう場所は人気がないのだろう?
人が少ないせいで、私はあることが頭から離れなかった。ヘビに出くわさないか、と。ヘビの写真を見ただけで卒倒しそうな私は、ヘビが出没しそうなところを歩くとき、遭遇しないかと心配でしかたがないのである。人が多ければ、ヘビも警戒して出てこないだろうから安心なのだが、片方が森、片方が水辺というところをずっと歩き続けるのは、気疲れする。幸いにもヘビと遭遇することはなかったが、もし遭遇したら、驚いて渓谷に飛び降りていたかもしれない。
くどいようだが、色の褪せたカラープリントみたいな一帯の寂れ方に合点がいかなかった。原因のひとつには、〝華〟と娯楽的な要素がないからだろう。華の典型といえば花だが、そういったキャッチーな要素に欠ける。そのうえ、娯楽的要素は皆無に近い。1時間ほど歩くと黒淵に着き、川を渡し船で渡って、対岸の黒淵荘で食事を楽しむことができるという立て札があったが、案の定、渡し船は営業していなかった。
森や渓谷を歩くことが、もっと広く市民権を得るには、どうすればいいのか? 考えながら歩いたが、妙案はなかった。
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(190706 第914回)