日本の植物を愛する男の仕事
日本の植物に魅了されて来日し、以来、日本に自生する植物を使って庭をつくり続けている男がいる。
イギリスはバークシャー州出身のポール・スミザーさんである。5年ほど前、たまたまNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で彼の存在を知り、いっぺんに魅了された。以後、本をいくつか買って読んだ。
鳥取市に、日本一広い池といわれる湖山池がある。そこに隣接する「とっとり晴れやか庭園」に、ポール・スミザー氏が手がけたエリアがある。一見するなり、「これがニッポンの草花だ!」と感激した。身震いするほど美しい。
幼少の頃から植物に興味があったポール・スミザー氏は、イギリスの王立園芸協会で学んだ。その時、熱烈な恋に陥る。相手は、日本産の草木である。
まさしく一目惚れ。19歳の時、彼は矢も盾もたまらず母国を飛び出し、遠い島国にやってくる。
日本に自生する草木を間近で見て、感動の連続だった。しかし、彼はあることに気づく。当の日本人がそうは思わず、庭といえば、やれバラだ、やれランだ、やれイギリス庭園だと、外国産の草木ばかりに目を向けている。足元にこんなに素晴らしいものがあるのに、なぜ? と彼の疑念は増すばかり。そこで彼は一念発起する。自分が愛する日本の野草を使って、素敵な庭をつくろうと。
彼が主役に抜擢するのは、ススキやギボウシなど、どこにでもある、これまで誰にも見向きもされなかった日本原産の野草である。ところが、彼がつくった庭を見ると、見違えるように魅力的だ。あたかも、田舎臭いと思われていた人が、きちんとみだしなみを整え、作法や言葉遣いを変えたら別人のように魅力的な人になってしまったかのよう。
ポール・スミザー氏には、日本原産の植物を使う以外にも流儀がある。無農薬に徹することと化学肥料を使わないこと。なるべく一年草は用いず、その土地に合った多年草を中心に植え、生物多様性を回復させること。なるほど、「とっとり晴れやか庭園」のトイレの入り口でヘビに遭遇し、思わず大声をあげて3メートルくらい飛びのいたが、生態系ができているからこそヘビが生息しているのだろう。
ポール・スミザーさんは植物と対話をするいう。庭の隅々に意識を向け、それぞれの場所の特徴をつかんだ上で、植物の意見を聞くというのだ。「ほんとうのところ、おまえはどこに住みたいのか」と。自分に合った場所であれば、生き物は健やかに、そして力強く生きていくことができる。これは人間も同じ。ところが、会社の都合で住む場所や働くセクションを決められてしまうことが多い。これでは心を病む人が増えるばかりだ。
ひとつの庭にもいろいろな条件がある。日当たりがいいところと悪いところ、風通しがいいところと風が強すぎるところ、水はけがいいところと悪いところなど、直接土地とつながる植物にとって重要な条件がいくつもあるのだ。それを適切に見極め、植える場所を間違わないようにする。
ある時、スミザーさんは「涙が出るほど美しい紅葉の庭をつくってほしい」という依頼を受ける。日本人の庭師なら、問答無用でモミジを使うだろう。しかし、スミザーさんは多種多様な多年草を用いて、日本独特の、紅葉が美しい庭をつくってしまった。
考えてみれば、日本は国土が狭いものの、斜めに長く、気候風土は地方ごとに大きく異なる。周囲を海で囲まれているため、固有種がたくさんある。その数、なんと2500種以上。こんな国は世界でも珍しい。まさに植物の宝庫なのだ。
ポール・スミザー氏が2年の歳月をかけて取り組んだ「とっとり晴れやか庭園」。わざわざ見に行く価値がある。
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(190722 第918回)