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私たちについて
紺碧の将

山の浄化作用

2010.08.14

 前回に続き、山について。

 ときどき思うことがある。どうして登山をする人は「いい人たち」ばかりなのだろう。山で会えば、ほとんどの人が挨拶を交わす。山小屋では、おそろしく狭いセンベイ布団がずらりと並べられたところに、老若男女関係なくいっしょに寝るが、マナーが悪くて不愉快になったことはない。時々、拡声器を使っているのではないかと思えるようなバカでかい鼾をかくオヤジがいるが、それは本人が悪いわけではない。

 ひるがえって、海ではどうだろう。面識のない人同士がすれちがう時に挨拶を交わすことは皆無にちがいない。それなのに、山では人が変わったようになる。

 どうしてか? 誰かに強要されているわけでもないのに……。

 そこで私なりの考察。

 山に行く人はもともと「いい人」なのかもしれないが、それだけではあのような態度になるはずがない。私は、山が人を良くするのだと考えている。他の言い方をすれば、「山が人を浄化する」。おそらく、山で挨拶をしている人も他の場所ではしないと思う。

 つまり、山はそういう力をもっているということだ。もちろん、海も圧倒的な力をもっているが、こと人間の精神に及ぼす力に関して、山の比ではない。

 前回も書いたが、最近、地球は、いや宇宙は生き物だと思うようになった。しかし、ふだんわれわれはそんな風に思わない。それは土や緑という皮膚に覆われていて、見えないからだ。しかし、3000メートル級の山々が連なる場所は、言うなれば生命体の肉体が露出しているようなもの。だから、人間への感化力が途方もないのだと思う。

 

 ということで、なんら確証のない「山考察」でした。

(100814 第185 写真は仙丈ヶ岳から見た南アルプスの山々)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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