Life is more successfully looked at from a single window, after all.
スコット・フィツジェラルドの『華麗なるギャツビー』より。ニック・キャラウェイの言葉
乙川優三郎の初の現代小説『脊梁山脈』にこの言葉が引用されている。
終戦間もない頃、廃墟となった東京で、あやしいカストリ・バーを経営して逞しく生きる女性が、突然豊かになって無聊をかこつ主人公に言う。
「あなたのようにあらゆる可能性を考えてみるのもいいけど、結局、人生はひとつの窓から眺めた方がよく見えるそうよ」
言われた主人公は「誰の言葉だ」と問うと、女は「ニック・キャラウェイ」と答える。
明日の命をも知れぬ状況に身をおいてなお、女は少し前まで敵国だったアメリカの文学を読む心の余裕があった。なんのことはない、進駐軍の兵士を手玉にとっていたのだ。そして、こう続ける。
「たとえば高村さん(共通の知人)には工芸という眩しい窓がある、本気で見ようとしない人には意味のない窓だけど、そこから見えるものがすべてでも息苦しくはならない。それどころかどんどん世界が広がる、老いても古くなった同じ窓から見つめるものがあるのはいいわ、その点、あなたは人生の窓が多すぎて却って展望がきかないわ」
図星を指されて男は戸惑う。
さて、自分の「窓」とは何だろう?
一人ひとり、じっくり考えてみる価値はありそうだ。
(第133回 241104)
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