ニューヨークのため息にメロメロ
なんて大人っぽいのだろう!
初めて聴いたとき、ハスキーで、しかもとろけるようにムーディーな声質に一発で魅了された。ジャケットの写真も大人っぽい。周りにいる女性たちは、みな子供っぽかったから、ことさらヘレン・メリルの成熟ぶりに驚かされた。
いまもそうだが、どうやら日本人の女性は若く見られることを望んでいる。もちろん、オバサン臭い(失礼)より若々しいほうがいいに決まっているが、「若い」のと「幼稚」を混同しているのではないか。
だって、ほら、見てください。この写真を。聴いてください、この声を。「じゃあ、あなたはどうなのよ」と反撃されると困るから、このへんでやめておこう。
このアルバムが発表されたのが、ヘレン・メリル26歳のときと聞けば、だれだって驚くだろう。私も、かなり上ずった驚嘆の声を漏らした。それくらいの驚きだった。
彼女の声は、〝ニューヨークのため息〟と評される。なるほど、耳元で囁かれただけでノックダウンしそうだ。
このアルバムは、「ウィズ・クリフォード・ブラウン」とクレジットされているように、全面的にクリフォード・ブラウンがフューチャーされている。クリフォード・ブラウンは、25歳で夭折したが、ヘレンはいまでも存命(のはず)。
1曲目の「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」(You’d be so nice to come home to)」だけでこのアルバムを買う価値がある。この曲は、コール・ポーターが作曲したジャズのスタンダード・ナンバーだが、ヘレンを聴いたあとではどの歌もかすんでしまう。
ヘレンは、戦場に送られた青年が愛する女性を思う気持ちを切々と歌い上げる。当時、同じような状況下で、愛しい人を思っていた人がたくさんいただろう。そんな思いを、彼女はみごとに表現しきった。
クリフォード・ブラウンとの共演から40年後に当たる1994年、ヘレンは『ブラウニー〜クリフォード・ブラウンに捧げる』を発表した。彼女にとって、ブラウニーは特別の存在だったのだ。
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